2026年10月4日説教「エマオでの食卓」松本敏之牧師・奏楽 椎名雄一郎
詩編23:1~6 ルカによる福音書24:28~35
(1)「最後の晩餐」から「神の国の宴」へ
本日、10月第一日曜日は、世界聖餐日です。世界聖餐日というのは、「第二次世界大戦の前に、アメリカの諸教派でまもられるようになったもので、戦争へと傾斜していく対立する世界の中で、キリストの教会は一つであることを、共に聖餐にあずかることによって確認しようとしたもの」であります。戦後、日本基督教団でもまもられるようになりました。
私は、私たちが行う聖餐式というのは、イエス・キリストと弟子たちによる最後の晩餐に始まり、終わりの日の神の国で完成する宴会の、中間地点にあるものだと思います。イエス・キリストも、最後の晩餐の時に、「言っておくが、神の国が来るまで、私は今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい」(ルカ22:18)と言われました。これは、「あなたがたとこうして食卓を囲むのは、これが最後だ」と告げる別れの言葉ですが、ひっくり返して読めば、「神の国が来る時には、再びぶどうの実から作ったものを飲むことになる」ということでしょう。
つまり、聖餐式というのは、イエス・キリストが最後の晩餐の席で「私の記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19)と言われた通りに、信仰をもってそのことを思い起こす時であり、同時に神の国が来る時の宴会を、希望をもって幻として思い起こす時、いわばそうした長い旅の途上の宴のようなものだと思います。
(2)旅人がイエスだとわかる
さて、彼らはエマオに到着します。二人はもともとエマオに宿泊する予定でしたが、「旅の人」はさらに先へ行こうとします。二人は「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いています」と言って、無理に引きとめたので、「旅の人」はそれに応じることになりました。
この二人にとっては、単にその旅の人が心配であったということではなく、その人と共に過ごした時間がとても貴重であったので、思わず、そういう言葉が出たのでしょう。叱責されながらも、「この人ともっと一緒にいたい」と思ったのです。
夕食の時間になりました。旅の人は、「パンを取り、祝福して裂き、二人にお渡しに」なりました(30節)。その瞬間、二人の目が開け、これまで自分たちと共にいて、そして今、目の前にいる人がイエス・キリストだとわかるのです。「あっ、イエス様だ!」。すると次の瞬間に、その姿が見えなくなりました。
(3)歓迎の行為
このエマオでの食事は、最後の晩餐をほうふつとさせるものです。主の晩餐そのものです。復活の後の最初の聖餐式、最後の晩餐を除けば、最初の聖餐式であると言ってもよいかもしれません。何よりもまずその所作がそれを示しています。「パンを取り、祝福して裂き、二人にお渡しになった。」
さて、この物語について幾つか大事なことは、すでに前回申し上げましたが、物語の後半も、私たちの信仰生活にとって、大事な幾つかのことを示唆しています。
まずその食事は「歓迎の行為」で始まるということです。弟子の二人がイエス・キリストを招いています。そこで食事の備えをしたのはこの二人です。もっともその背後には、宿屋の人がいるかもしれませんが、この二人がこの旅人を招いたのです。ところが招かれたその旅の人が食卓の主人となるのです。
私たちの聖餐式においても、そうでしょう。実際には礼拝委員の人がその備えをします。時には牧師かその備えをします。しかしそれだけで聖餐式は聖餐式になりません。そこに、イエス・キリストを迎えるのです。日本基督教団の式文では、そのことは明確に言葉には表れていませんが、多くの世界の聖餐式の式文では、「主よ、この食卓に来てください」という祈りの言葉が出てきます。
(3)招きのサンバ(ブラジルの賛美歌)
ブラジルの賛美歌の中に、「招きのサンバ」(Samba da Invocação) という曲がありますが、それは、まさに聖餐式の最初に歌う歌です。こういう言葉です。
Aberta está a porta, ó Deus! 神様、扉は開いています。 Vem entre nós estar! 私たちの中においでください。 Servido está o pão, Senhor! 主よ、パンの準備はできています。 Vem entre nós estar! 私たちの中においでください。」
そしてこういう言葉が続きます。
「私たちの住まいが私たちの歩幅よりも 大きいものでありますように 私たちの抱擁(ハグ)が私たちの肩幅よりも 大きいものでありますように」
つまり「住まいやスキンシップを求めている人たちを私たちが迎えることができますように」ということでしょう。日本語だけではわかりませんが、「住まい」と「歩幅」、「抱擁」と「肩幅」が韻を踏んでいます。さらにこう続きます。
「のどが渇いている人々 庇護を必要としている人々 (その心が)正義や愛情や優しさに 飢え渇いている人々が 私たちの中に力を見いだし 旅の時の宿と感じてくれますように」
自分たちがそのようにもてなすことができますように、と言いつつ、「イエス様、この食卓に来てください」と祈って聖餐式を始めるのです。南米の解放の神学を背景にした賛美歌です。すてきな賛美歌で、日本語で歌えたらいいなと思うのですが、ちょっと無理かなとあきらめています。
こんな感じです。少し歌ってみます。
SAMBA DE INVOCACAO
Aberta está a porta, ó Deus! Vem entre nós estar! Servido está o pão, Senhor! Vem entre nós estar!
Que seja o nosso teto Maior que os nossos passos; Que seja o nosso abraço Maior que os nossos ombros; Que corações sedentos De água, de sustento, Justiça, amor, carinho, Encontrem em nós a força E abrigo no caminho! Aberta está!
そういうふうに、聖餐式は人間が用意するのだけれども、そこに「イエス様、来てください。そして私たちの聖餐式をつかさどってください」と祈るのです。
(4)聖餐はみ言葉の説き明かしに続く
第二のことは、み言葉の説き明かしと聖餐式の関係です。
ここでの弟子たちの心の動きですですが、彼らは、旅人との会話を思いだすことによって理解しました。
「道々、聖書を説き明かしながら、お話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか。」(24;32
キリストが聖書を解説したときの、弟子たちの反応については何も語られていません(24:27)。しかし、今やイエス・キリストを食卓で経験した彼らは、彼と路上で話したその時間がかけがえのないものであったことを、後で思い起こすのです。私たちの信仰は記憶と結びついています。
弟子たちは、まず、イエス・キリストを「言葉」(すなわち聖書の解き明かし)によって知りました。それに聖餐式が続きます。これは私たちの礼拝においても同じです。説教があり、それに聖餐式が続きます。それがひと続きで、その順序でなされるということに意味があります。そこで生けるキリストを、み言葉と聖礼典によって経験するのです。
この時、イエス・キリストだとわかった瞬間に、彼はいなくなってしまいました。いや霊的な形で共にいるのに違いないのですが、見えなくなりました。これも私たちと同じです。直弟子たちは、キリストを目で見える形で知っていましたが、第二世代以降の人たち、そして私たちはそうではありません。しかし宣言の言葉によって共におられることを信じるのです。この食卓は、第二世代以降のクリスチャンと第一世代のクリスチャンを結ぶ記事であると言ってもよいでしょう。
(5)成就から約束へと遡って理解する
普通、物事は「約束から成就へ」と向かいます。しかし、信仰というのは、しばしば逆コースをたどります。「成就から約束へ」とさかのぼって思い起こすのです。それがなし得た後で、すでにあの時に始まっていたのだということを悟るのです。自分がキリスト教主義の学校へ通っていたこと、子どもの時に教会学校へっていたこと、かつてある牧師と出会ったことを、はっきりとした信仰を得た後で、あの時、すでにキリストは共にいてくださったと悟るのです。しかしすでに聞いていたことも事実です。私たちは聞いていなかったことを思い起こすことはできないからです。
(6)教派による聖餐理解の違い
聖餐式を聖餐式たらしめるのは、まさにこのイエス・キリストが共におられるということです。聖餐式にイエス・キリストがおられなければ、それは空しい儀式になってしまうでしょう。もっとも聖餐式の中で、イエス・キリストがどのように共にいてくださるのかは、教派によって理解が異なります。世界聖餐日ですので、教派による聖餐式の理解の違いについてお話しておきましょう。なかなか細かいことですので、適当に聞き流していただいて結構ですが、そもそも教会は(宗教改革の折に)、この聖餐式の理解の違いから分かれて行ったと言っても過言ではないほどのことでしたので、(そして神学論争に興味のある方にはなかなか面白いことだと思いますので)、お話しておきましょう。
まずカトリックでは、パンとぶどう酒そのものが、神父が「これはイエス・キリストの体です」「これはイエス・キリストの血です」と唱えた瞬間に、そのパン(ホスチア)とぶどう酒は、イエス・キリストの体と血と同じものとなる(聖体変化)と理解します。だから聖体拝領というのです。カトリックの人たちは「ご聖体にあずかる」と言います。
宗教改革者たち(ルターやカルヴァン)は、パンとぶどう酒がイエス・キリストの体そのもの、血そのものになるというのは、言い過ぎだ。それはある種の偶像だと批判しました。
大きくは、そこでカトリックとプロテスタントの理解に違いがあります。ですから、カトリックの聖体拝領に、プロテスタントの人が与ることができないというのは、ある意味で理に適っているのです。
でもその先がプロテスタントでも教派によって理解が異なっています。たとえば、ルターは(すなわちルーテル教会)は、パンはパン、ぶどう酒はぶどう酒であって、それがイエス・キリストの体や血に変化するわけではない。けれども、そのパンの中にイエス・キリストはおられる。ぶどう酒の中にキリストはおられる。つまりパンを食する時に、イエス・キリストも一緒に私たちのからだの中に一緒に入ってくる、と言いました。(共在説)
カルヴァンは、そういうルターについて、まだ「カトリック的な偶像の残滓がある」と言って批判をしました。そして、そのパンの中に(物質の中に)、イエス・キリストがおられるというのではなくて、聖餐式という出来事の中に、イエス・キリストは霊的に臨在すると言いました(Spiritual Presence)と言ったのです(霊的臨在説)。
もっと極端なのはツヴィングリという人です。イエスさまが「私の記念として、このように行いなさい」と言われたように、「あれは記念なのだ。イエスさまが一緒にいるという象徴なのだ」と言いました(象徴説)。私たちの教会の伝統であるメソジストは、あまり独自の神学をもっているわけではなく、聖餐式に関しては、このカルヴァンの理解を踏襲していると言ってもよいと思います。聖餐式という出来事の中に、イエス・キリストは霊的に現臨しておられる。
ですからカトリックでは、一旦聖別されたパン(ホスチア)は、イエス・キリストの体のままですが、プロテスタント教会の理解では、聖餐式が終われば、それは普通のパンです。
さてそのような違いはさておき、(特にプロテスタント教会の)聖餐式においては、イエス・キリストを聖餐式にお迎えする。ところが気が付いてみると、イエス・キリスト自身が聖餐式の主人になっているというのは、このエマオでの食事に通じるものがあると思います。
(7)エルサレムで経験を分かち合った二人
さて信仰というのは、思い出、つまり過去を思い起こすこととつながっていますが、それで終わってしまうのではありません。未来に向かって歩み出すのです。
この二人も、どうしたのかと言えば、何を思ったか、何か理由があってエマオまで来ていたので、突然、踵を返してエルサレムへ帰って行くのです。そうすると、11人の弟子たちが集まっていました。そしてイエス様は本当に復活して、シモン・ペトロに出会ったくださった、という話をしていました。そこにこの二人は、自分たちの話をします。実は、私たちもエマオでイエス様にお会いしました。みんなの経験が一つになっていきました。これこそまさに教会の姿ではないかと思いました。そこで経験を分かち合い、もう一度心が熱くされて、前に向かって歩んで行く。エマオの出来事は、私たちにそういうことを教えてくれるように思います。
(8)エルサレムから世界宣教が始まっていく
さてその後の弟子たちの働きにも注意してみましょう。弟子たちが自分たちの見たこと、聞いたことの証人となるのです。二人の弟子たちが、エマオからエルサレムへ戻っていきました(33~35節)。そのこともまた幾つかの大事なことを示しています。
第一に、彼らは、キリストと出会ったというよい知らせを分かち合います。彼らは、復活のキリストと食卓を共にしたことによって、悲しみと絶望から立ち直り、彼らのその興奮が当然のことながら、彼らを兄弟姉妹のもとへと向かわせたのです。
他の兄弟姉妹たちも、同じように希望のない状態に捕らわれていました。二人の証言は、他の弟子たちに対して励ます意味を持っています。信仰の交わりの中での励まし合いです。それが、信仰共同体、つまり教会の中で繰り返し聞かされることによって、信仰を確実なものとなって、力づけられ、励ましあい、深められていくのです。
第二に、先ほど申し上げたように、エルサレムへ戻ることで、この二人の弟子の経験は、シモン(ペトロ)の経験(34節)や、他の弟子たちの経験に結びつきます。「私たちもイエスさまと出会った」。復活のキリストと彼らとのそれぞれ異なった出会いは、このようにして一つの経験となって、共通の証言となっていきます。
第三に、エルサレムへ戻ることはとても重要な意味をもっていました。ルカによれば、エルサレムはキリスト教宣教の中心であり、そこから、ユダヤ、サマリヤ、そして地の果てまでも散らばっていくことになるのです。世界宣教はそうした形で始まり、広がっていくことになりました。日本の教会も、そして私たちの教会、その延長線上を生きているのです。世界聖餐日、世界宣教の日に、そうしたことを心に留めて、感謝して世界の教会と共に歩んでいきたいと思います。