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2026年6月7日説教「ティキコ」荒尾教会佐藤真史牧師

聖書:エフェソの信徒への手紙6章21~24節

◯出会い

小さな、ささやかな出会い。それをふと思い出し、懐かしさだけでなく、勇気を与えられることがあります。

人間の特徴の一つは、そのような出会いの記憶に支えられて生きる存在であることかもしれません。

以前、農村伝道神学校の校長であった君島洋三郎牧師が、神学生時代に伝道実習で山形の新庄教会で与えられた出会いについて、こんなふうに綴っていました。

大雪の降る寒い冬、一人歩いて家庭集会に向かいました。雪深い山村で、電柱は雪に隠れ、身をかがめて電線をくぐったりして、二時間ほど歩いてやっと、ある家に着きました。深々と雪の降るなか、温かい暖炉を囲んで聖書を読み、讃美歌を歌い語り合いました。背中を丸めて、囲炉裏の火を火箸でかき回しながら、ぼそぼそと自分たちのことを語ってくれました。あのとき、こういう出会いを大切にする伝道者になりたいと思いました。

深々と雪が降る新庄で暖炉を囲んでの家庭集会には、数名の信徒しかいなかったでしょう。高度な神学議論がなされるのでもなかったはずです。

それよりも、そこに集った一人ひとりが生活の中で出会った、イエス・キリストの福音を「ぼそぼそ」と語り味わったのではないでしょうか。

目を見張るような奇跡は起こっていません。社会に大きな影響を及ぼすような出来事もここにはありません。にも関わらず、いやだからこそ、ここに福音があるのです。この暖炉を囲むただ中に、復活のイエス・キリストが共におられるのです。そして、この福音をじっくりと味わう先に、神の平和が広がっていくのです。

2000年前、エフェソに手紙を携えてやってきたティキコは、まさに君島牧師が経験したような出会いを、エフェソで与えられたのではないでしょうか。

◯ティキコ

今日お読みした聖書箇所は、エフェソの信徒への手紙の、最後の最後です。

ここで、はじめて使徒パウロ以外の固有名詞が出てきました。ティキコというキリスト者です。このティキコがどのような人物だったのか、はっきりとは分かりません。しかし、聖書の端々に、このティキコを見つけることが出来ます。

まず、使徒言行録20章4節。パウロの第3回伝道旅行の最後にエルサレムへ向かう時に同行した一人として、このティキコの名前が出てきます。興味深いことに、このティキコがアジア州の出身であることもここに書かれています。新約学者によれば、この手紙の宛先であるエフェソの出身の可能性が高いそうです。

他にもティキコが出てくる箇所があります。コロサイの信徒への手紙、テモテへの手紙、テトスへの手紙…、今日の箇所を含めれば5箇所でティキコの名前が出てくるのです。

どこでも共通しているのが、このティキコは、教会から教会へと大切なメッセージを託されて派遣される人物だったということです。21節にあるように、「主に結ばれた、愛する兄弟であり、忠実に仕える者」だったからこそ、ティキコは初代キリスト者たちに信頼され、そのような役割を果たしていったのです。あの使徒パウロもティキコを深く信頼していました。

◯パウロとティキコ

パウロは3回宣教旅行をしました。その道のりは総距離2万kmとも言われています。この鹿児島から、北海道の札幌までが片道大体2000kmなので、鹿児島・札幌間を徒歩で5往復もしたことになります。想像しただけで、ものすごい道のりだったことがわかります。

特に小アジアを中心に隈なく歩き回りました。そしてイエス・キリストの恵みと救いを伝え広めていったのです。激しい弾圧にも遭いながら、命を賭けて。

パウロが、異邦人宣教の拠点に選んだのがこのエフェソという港町でした。いまでいうトルコの西の端ですが、小アジア有数の地方都市でした。この鹿児島も港町であり、地方都市という点では、エフェソと共通する点も多いですね。

パウロは、このエフェソに3年間滞在し、各地へ手紙を記しました。ガラテヤの信徒への手紙、コリントの信徒への手紙一、フィリピの信徒への手紙、フィレモンへの手紙などは、ここエフェソで書かれたと考えられています。

そしてエフェソにも、パウロたちによって誕生した小さなキリスト者たちの群れがいたのです。その一人がこのティキコだったと想像するのです。パウロはよっぽどこのティキコに信頼を置いたのでしょう、このエフェソから旅立ち、エルサレムへと向かっていく際に、ティキコも連れて行ったのですから。

そんなティキコがこのエフェソにやってきたのです。この手紙を携えて。エフェソの信徒たちにとってみたら、ティキコのことはよく話題に登っていた一人だったはずです。顔を知っている人も多かったでしょう。中にはとても親しくしていた人や、ティキコの家族や親戚も、エフェソのキリスト者たちの中にはいたかもしれません。

このエフェソの信徒たちへ宛てた手紙が書かれた頃には、パウロはすでに捕らえられローマへと連行されていました。ですから、ティキコはあのパウロが最期どのように歩まれたのかを、エフェソのキリスト者たちに伝えに帰ってきたことも想像できます。

ティキコを取り囲むようにして、この手紙が読み上げられるのを皆で耳を澄ませていた姿をわたしは想像します。キリスト者がまだまだ少なかった時代です。周りから白い目で見られるキリスト者たち、あるいはあたかもいないかのように無視されるキリスト者たちの時代です。立派な教会堂なんてありません。誰か信徒の家に集まったり、少し大きめのスペースに集まったり、まさに冬景色の山形での家庭集会のように。そのような小さな小さなキリスト者たちのところに、あのティキコが帰ってきてくれた、しかも手紙を携えて。

どんなに嬉しかったでしょう。どんなに励まされたでしょう。

22節にあるように、「心に励まし」を与えるためにティキコはこの手紙を持ってきてくれたのです。

◯キリストの平和

では、この手紙に込められたメッセージとは一体何だったでしょうか?

一言で言えば「キリストの平和」に尽きると思います。

2章14節以下には次のように綴られています。

キリストは、私たちの平和であり、二つのものを一つにし、ご自分の肉によって敵意という隔ての壁を取り壊し、数々の規則から成る戒めの律法を無効とされました。こうしてキリストは、ご自分において二つのものを一人の新しい人に造り変えて、平和をもたらしてくださいました。十字架を通して二つのものを一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼしてくださったのです。…ですから、あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。あなたがたは使徒や預言者から成る土台の上に建てられています。

イエス・キリストの十字架は単なるお飾りではありません。苦しみと痛み、そして愛がつまった十字架なのです。それは信じる人に与えられたものではありません。神はこの「世」を愛されています。キリスト者だけではもちろんありません。様々な宗教・文化・言葉を超えて、神は愛されているのです。神は苦しみの只中にいてくださっているのです。

このイエスの十字架によって、この地球上にある敵意を滅ぼしたのだと。もはやユダヤ人も異邦人もない、男も女もない、大人も子どももない、平和の福音がわたし達に届けられたのです。

わたし達は、敵意と分断に満ちた社会を生きています。けれどもわたし達は知っています。イエス・キリストの十字架が、一人一人に届けられていることを。2000年前、エフェソのキリスト者たちのところに、ティキコが届けてくれたように。

ティキコは決して聖書の中で目立つ人物ではありません。しかし、この「キリストの平和」が綴られた手紙を、エフェソに確かに送り届けたのです。

◯Pearl Harbor

アメリカ・マサチューセッツ州アムハーストに第一合同教会という教会があります。Vicki Kemper(ビッキー・ケンパー)牧師が牧会していますが、そこでこんな出来事があったそうです。

ある暑い8月の礼拝に、日本からのグループが参加してくれたそうです。礼拝が終わり、最後の報告も終わろうとしていた時のこと。エアコンのないむし暑い礼拝堂に留まるのも、もう耐え難い所まで到達しそうで、さぁみんな帰ろうとしていた時のこと。

日本から来たグループの中で最年長の方が、突然立ち上がり日本語で話し始めました。少し話して、通訳が訳し・・・、それがしばらく続きました。教会員たちがそわそわし始めました。座っている長椅子は汗でベタベタしてきました。その話しは終わりそうになく、ケンパー牧師が失礼のないように遮ろうとしたその時です、突然ある英単語が聞こえてきました。「Pearl Harbor」と。

礼拝堂にいたすべての人達が急に静まりました。そして通訳にみんなが耳を傾けます。「わたし達日本が真珠湾を攻撃したことについて、深い悲しみと痛みをもって皆さんに赦しを求めます。」

礼拝堂にいた100人が同時に息を呑みました。そして、この方の傷を癒やすことが出来るかもしれないことに驚きと畏れを覚えました。

ケンパー牧師はみんなを代表して謝罪を受け入れますと伝えました。同時に、私たちも日本から皆さんの赦しを求めますと伝えました。広島のために。長崎のために。計ることの出来ない日本の方たちの被害のために。

礼拝堂に集った皆が、お互いの謝罪・悔い改めを受け入れ赦しました。謙遜と平和の中で、互いにお辞儀をしました。その時ふと、暑苦しかった礼拝堂の空気が、少し軽くなったことを感じたそうです。

2000年前、ティキコがエフェソの教会に「キリストの平和」を届けた時のように、この日、アムハースト第一合同教会に「キリストの平和」が届いたのです。敵意の壁が十字架によって壊されたのです。

わたし達もまた、ティキコのように、それぞれの生活のただ中で「キリストの平和」を分かち合っていきたいと願っています。

◯祝祷 派遣

最後に、23節・24節の祝祷の言葉を、2000年前ティキコの口から聞いたエフェソのキリスト者たちと共に聞きましょう。

父なる神と主イエス・キリストから、平和と、信仰を伴う愛とが、きょうだいたちにありますように。
恵みが、私たちの主イエス・キリストを変わることなく愛する、すべての人と共にありますように

お祈りいたします。

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