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2026年9月6日説教「主イエスの埋葬」松本敏之牧師

出エジプト記20:8~10
ルカによる福音書23:47~56

(1)3種類の人々の証人

ルカ福音書を続けて読んでいます。前回は、主イエスが十字架上で息を引き取られた場面でした(23:44~46)。それを3種類の人たちが見ていました。最初は「ローマの百人隊長です。

「百人隊長は、この出来事を見て、『本当に、この人は正しい人だった』と言って、神を崇めた。」23:47

マルコ福音書やマタイ福音書の並行箇所でも、百人隊長が登場するのですが、書き方が少し違っています。マルコやマタイでは、百人隊長は、「まことにこの人は神の子だった」と言っています。つまり信仰の告白をしているのです。しかしルカ福音書では、同じように肯定的ではありますが、少し角度を変えて、「本当に、この人は正しい人だった」と言います。つまり、この人は、十字架にかけられるようなことは何もしていない。正しい人であるにも裁かれて十字架にかけられて死んだことを明らかにするのです。最高法院で裁かれ、ピラトの裁判で十字架刑が決定したのですが、それは、客観的にローマの立場を代表して告げているように聞こえます。そして「神を崇めた」とありますので、ある種の信仰に導かれたと言えるでしょう。

第二の人々は群衆です。

「見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て胸を打ちながら帰って行った。」23:48

イエス・キリストの最期の姿を見て、百人隊長と共に、証言者として群衆がいたことを記しているのはルカだけです。この「群衆」が、ピラトの裁判でイエス・キリストを「十字架につけろ」と叫んだ「民衆」と同じ人々であったかどうかはわかりません。恐らく別の群れかと思われます。ルカはあえて「民衆」「群衆」と使い分けているのかもしれません。ただピラトの裁判の時に、勇気を出して、「『十字架につけろ』なんて言うな。ひどいじゃないか」とは言えなかった人々ではあるでしょう。そうした人々も、イエス・キリストの十字架を見て、胸を打ちながら帰って行った人々もいた。そういう証言者もいたことをルカは記すのです。

第三の人々については、こう記されています。

「イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た女たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。」23:49

恐ろしくて近寄れなかったのでしょうか。それとも謙遜の気持ちがあるのでしょうか。その中に、直接の弟子たち、ペトロたちは含まれていなかったでしょう。遠巻きに主イエスに従っていた人たちです。この女性たちは、男の弟子たちとは違って、遠くからではありましたが、主イエスの十字架を見守り、見届け、その証人となりました。彼女たちは、主イエスの十字架上の死の証人となっただけではなく、葬りの証人となり、さらに復活の証人にもなるのです。

(2)アリマタヤのヨセフ

さて、夕方になりました。金曜日です。ユダヤ教では、一日は日没から始まります。つまり金曜日の夕方から安息日が始まるのです。それまでに主イエスを十字架からおろし、埋葬しなければなりません。安息日が始まると、仕事ができなくなるからです。先ほど読んでいただいた出エジプト記20章で、そう定められていました。

しかし、ペトロたち、主だった弟子たちは逃げ去っています。ただここに彼らがいたとして、遺体の引き取りを願い出たとしても受け入れられることはなかったでしょう。その経済力も信用も、ピラトとのコネもありません。また女性たちも、主イエスの遺体を引き取るだけお金と力はありません。そこに思わぬ人物が登場します。それがアリマタヤのヨセフでした。ルカは、このように記しています。

「さて、ヨセフと言う議員がいたが、善良で正しい人で、同僚たちの決議や行動には同調しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。」23;50

議員というのは、22章66節以下に出てくる最高法院の議員のことでしょう。最高法院の議員たちが興奮して、「この男は絶対に死ななければならない」と考えて、ピラトのもとへ送ろうとしていた時、ヨセフはその決議や行動には同調しなかったというのです。そういう人物もいたのですね。ルカは、彼のことを「善良で正しい人であった」と書きます。そして「神の国を待ち望んでいた」というのです。ルカ福音書は、神の国について幾つか興味深い言葉を記しています。

「ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスはお答えになった。神の国は、観察できるようなしかたでは来ない。『ここにある』とか、『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの中にあるからだ。」ルカ17:20~21

あるいは、こういうことも言われました。

「私が神の指で悪霊を追い出しているのなら、神の国はあなたがたのところに来たのだ。」ルカ11:20

もしかすると、アリマタヤのヨセフも、主イエスの遠巻きの弟子として、こうした主イエスの言葉を聞いて、「この人は何を言っているのだろう」と思っていたかもしれません。四つの福音書がそれぞれ微妙に違う書き方をしていますが、共通することは、それまでははっきりと自分の意見や立場を表明していなかったけれども、「ここは自分の出番だ。他の誰にもできない仕事だ。ここで出て行かなければ、きっと後悔する」という気持ちになったということでしょう。勇気のいることであったと思います。マルコは「思い切って」と記しています。神さまの側から言えば、「ここぞ」というところで、素晴らしい人材を配置しておられたということでしょう。

(3)イエスの埋葬の証人

「この人がピラトのところに行き、イエスの遺体の引き取りを願い出て、イエスの遺体を亜麻布で包み、まだ誰も葬られたことのない、岩を掘った墓の中に納めた。その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。」23:52~54

ヨセフはピラトに主イエスの遺体の引き取りを願い出ます。急ぐ必要がありました(申命記21:22~23参照)。彼は丁重に主イエスを葬りました。「まだ誰も葬られたことのない墓」という言葉に、その敬意が表れています。

主イエスが葬られた時、十字架上の死を見届けた女たちは、ヨセフに付いて行きました。

「イエスと一緒にガリラヤから来た女たちは、ヨセフの後に付いて行き、墓と、イエスの遺体が納められる様子とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。」23:55~56

彼女たちは、主イエスの死を見届けただけではなく、その埋葬の様子も見届けるのです。この記述によって、ルカは、主イエスが本当に死なれたのだということを伝えようとしているのです。神の子であれば死ななかったとしてもおかしくはないと考える人もいたでしょう。死んだように見えただけだ。しかし葬られたということで、決して死んだように見えただけであるとか、仮死状態であったのではなかったのだという思いが込められているのでしょう。そして彼女たちは、この後、復活の最初の証人になっていくのです。

それゆえ、使徒信条でも、「(主は)ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ」の後、わざわざ「死に」だけではなく、「死にて葬られ」と、告白するのです。

(4)陰府にくだり

もう一つ、使徒信条で心に留めたい言葉があります。それは「陰府にくだり」という一節です。これは何を意味するのでしょうか。私たちは、毎週毎週、礼拝において使徒信条を唱えながら、「陰府にくだり」という一節はあまり気に留めていないのではないでしょうか。どうして、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、三日目に死人の内よりよみがえり」でないのでしょうか。

実は、歴史的に言えば、使徒信条の最初の形、原形と思われるものには「陰府にくだり」という言葉はなかったそうです。使徒信条の原形は、紀元2世紀、つまり紀元100年代にはできていたであろうと言われますが、そこには「陰府にくだり」という言葉はなかった。後から付け加えられたそうです。文献学的に証拠もあるそうですが、具体的には、西暦352年頃であろうと言われます。使徒信条はだんだんと今の形に整えられていくわけですが、どうしてもこの言葉が付け加えられる必要があったのです。最初は、「十字架につけられ、死にて葬られ、三日目に死人のうちよりよみがえり」という言葉で、イエス・キリストの福音を十分に伝えられると思った。しかし、このキリストの死は、いかなる救いを意味するかということを問い続ける中で、どうしても主イエスは陰府にまで下られたと言わずにおられなかったのです(『加藤常昭説教全集1 使徒信条』334頁参照)。

私たちも、不思議に思います。死んだらすぐに天国へ行くのではないか。「陰府」とはどこだろう。この「陰府」という言葉。英語版などでは、「地獄」を意味する「hell」という言葉が使われているものもあります。しかしこれは単純に地獄ということではないようです。「死者の国」という意味の言葉に訳しているものもあります。「闇の世界」という意味の言葉に訳しているものもあります。その意味で、日本語の「陰府」というのはなかなかいい訳ではないかと思います。言葉上は「陰の場所」という意味だからです。

(5)死後の世界

「陰府」とは闇の世界です。闇とは光がない場所です。私たちの死後にそういう場所があるかどうかはわかりません。私も行ったことがないので、わかりません。しかしどうしてもそういう世界を私たちは考えてしまいます。救いがイエス・キリストにつながることであるとすれば、クリスチャンにならずに死んだ人はどうなるのだろうか。あるいはそれ以前に、イエス・キリストを知らずに死んだ人はどうなるのだろうか。そういう人にも救いがあるのだろうか。そういう人はよいことをしたかどうか。どれだけ誠実な人生を歩んだかで救われたり、裁かれたりするのだろうか。イエス様のことを知らないで死んだ父はどうなるのだろうか。夫はどうなるのだろうか。私たちは、いろんなことを考えてしまいます。死んだ後の救いについては、神様の専売特許なので、私たちには軽々しいことを言うことは許されていません。しかし少なくとも言えることは、救いがないように見える世界、死の世界、闇の世界にも、イエス・キリストは赴かれた。それによって、その世界にも救いの光が差し込んだ。もはや闇が闇ではなくなったということを言っているのではないでしょうか。すべての場所がイエス・キリストの世界になった。

それは死後の世界のことだけではありません。私たちの地上世界にも闇のような世界があります。果たしてそこに救いがあるのだろうかと考えてしまう場所があります。しかしそこにも、主イエスは赴かれる。そこにも主イエスはおられるということです。

(6)讃美歌532番「ひとたびは死にし身も」

以前の讃美歌第一編の532番にこういう歌がありました。

「ひとたびは死にし身も 主によりていま生きぬ
みさかえの輝きに つみの雲消えにけり
ひるとなくよるとなく 主の愛にまもられて
いつか主に結ばれつ 世にはなきまじわりよ」

この歌の2節は、このように歌います。

「主の受けぬこころみも 主の知らぬかなしみも
うつし世にあらじかし いずこにもみあと見ゆ」

「イエス様の受けなかった誘惑、試練は存在しない。イエス様の知らない悲しみというのは、この世のどこにも存在しない。どこへ行ってもイエス様の通った跡がある」という意味です。私の愛唱歌の一つでしたが、残念ながら『讃美歌21』には収録されませんでした。

さて、この賛美歌は、「うつし世」、つまり「この世」のことを歌っていますが、それはこの世のことにとどまらない。死後の世界もそうなのだということを、「(主は)陰府にくだり」という1節は告白しているのです。

(7)詩編139編

今日は、皆さんに紹介したい聖書の言葉がもう一つあります。それは詩編139編です。
この詩編は、神様の全知・全能・遍在について、美しい詩の形で述べています。

「主よ、あなたは私を調べ
私を知っておられる。
あなたは座るのも立つのも知り
遠くから私の思いを理解される。
旅するのも休むのもあなたは見通し
私の道を知り尽くしておられる。
私の舌に言葉が上る前に
主よ、あなたは何もかも知っておられる。
前からも後ろからも私を囲み
御手を私の上に置かれる。
その知識は、私にはあまりに不思議。
高すぎて及びもつかない。」詩編139:1~6

この部分は神の知識について述べています。全知です。すべてが私の知識を超えている。それに続けて詩編の詩人は、神の遍在について語ります。

「どこに行けば、あなたの霊から離れられよう。
どこに逃れれば、御顔を避けられよう。
天に登ろうとも、あなたはそこにおられ
陰府に身を横たえようとも、あなたはそこにおられます。」詩編139:7~8

私が紹介したいと思ったのは、この言葉です。

「陰府に身を横たえようとも、あなたはそこにおられます。」

陰府は神の管轄外というのではなく、陰府もまた神の管轄内であったということです。
2節飛ばして、11節。

「『闇は私を覆い隠せ。
 私を囲む光は夜になれ』と言っても
闇もあなたには闇とならず
夜も昼のように輝く。
闇も光も変わるところがない。」

いかがでしょうか。これはイエス・キリストによって起こることを預言している言葉のようです。そこへイエス・キリストも赴かれたのです。それによって陰府が陰府でなくなってしまうようなことが起きるのです。私たちが心配になるような世界、人々、見捨てられたように見える事柄、それは死後の世界であろうと、この世界であろうとそうです。「主は陰府にくだり」という使徒信条の1節には、そういう福音が述べられているのです。

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