1. HOME
  2. ブログ
  3. かごっま通信 2(「時の徴」145号掲載 2016年3月発行)

かごっま通信 2(「時の徴」145号掲載 2016年3月発行)

松本 敏之

市民クリスマス

東京から鹿児島へ来て思うことの一つは、超教派の行事が盛んなことである。いや行事数からすれば、もちろん東京のほうが多くの行事が行われているのに違いないが、それぞれの教派・教団の行事だけでもたくさんあるので、超教派の行事にまでなかなか参加できないというほうが適切であろう。東京では、キリスト教界の行事といえども、毎日、どこかで何かが行われているので、自分の関心があるものや責任のあるものだけに参加することになる。

その点、地方は違う。特に鹿児島は、日本基督教団の教会が少ないために、超教派の行事にまで活動範囲が広がっていく。プロテスタント超教派の鹿児島キリスト教連絡会やキリスト教一致祈祷週の行事も盛んである。牧師神父の会というのも隔月で開かれている。そうした中、最も盛んな超教派の行事のひとつが市民クリスマスである。

2015年12月13日、市民クリスマスが鹿児島カテドラル・ザビエル教会において開催された。千円の入場料が必要であるにもかかわらず、346名もの参加者があった。(東京では、無料でもそこまで集まらないのではないだろうか。)4月から11月まで毎月、計8回の準備会を丁寧に重ねてきた結果であると思う。カトリックとプロテスタントが隔年で企画するが、今年はプロテスタントの担当ということで、新顔の私がメッセージを語った。またメッセージだけではなかなか人が集まらないので、ミニコンサートのようなプログラムもセットになっている。今回が第55回であったので、1961年以来、毎年行われてきたということである。

私は、アルゼンチンの「だから今日、希望がある」という賛美歌を紹介し、スペイン語での演奏を録音で聞き、その後みんなで日本語で歌った。以下は、そのメッセージの一部である。

 

「だから今日、希望がある」


主が貧しい馬小屋で お生まれになられたから
この世界のただ中で 栄光、示されたから
主が暗い夜を照らし 沈黙、破られたから
固い心、解き放ち  愛の種、蒔かれたから

だから今日、希望がある
だから恐れずたたかう
貧しい者の未来を 信じて歩み始める
だから今日、希望がある
だから恐れずたたかう
貧しい者の未来を 信じて (松本敏之訳詞)

これは、アルゼンチン・メソジスト教会の監督(ビショップ)であったF・パグーラによって作詞され、H・ペレーラによって作曲された賛美歌です。1節は降誕を歌い、これに続く2節はキリストの生涯と受難を、3節は復活を歌います。

パグーラは、1970年頃南米のカトリック教会から始まった解放の神学の「貧しい人の優先」という理念をよく理解し、貧しい人のための教会の活動を積極的に行い、教会も変わっていかなければならないということを真剣に訴えた人です。この賛美歌にもそうした心がよく表れています。

私は、ブラジル・サンパウロのメソジスト教会が運営する<路上生活者のためのコミュニティー>で、この賛美歌に出あいました。そこは「路上生活者たちに、彼らが温かく受け入れられる場所を提供し、個人的問題、社会的問題を解決する道を探り、社会的権利と人間としての尊厳を回復することを目的とする」とされ、サンパウロ市と教会で共同運営されていました。

そのコミュニティーのクリスマス礼拝では、利用者たちも加わって、カンタータを上演します。彼らは自分たちの物語とヨセフとマリアの物語を重ねた台本を作りました。

彼らは貧しさのために故郷を離れ、サンパウロへやって来た。夢を抱いてきたけれども、夢はすぐに破れてしまった。彼らを迎えてくれる人は誰もいない。路上に住むことを余儀なくされた。ヨセフとマリアも田舎からベツレヘムの町へ出てきた時、馬小屋にしかいられる場所はなかった。しかしそうしたただ中で、イエス・キリストはお生まれになり、クリスマスは始まっているのです。幼子イエスの役を担当するのは、路上で生まれた赤ちゃんでした。そのカンタータの最後に、毎年歌われるのが、この賛美歌「だから今日、希望がある」でした。

彼らの生きている状況は、まさにこの曲で歌われている内容と重なり合います。私たちの現実は、彼らの現実と少し違うとしても、深いところでは、共通しています。今日の食べ物はあるかもしれませんが、将来に対する不安を抱えている方は多いのではないでしょうか。仕事に対する不安、健康に対する不安、家族に対する不安。そのような不安から、私たちの心もかじかんでしまいます。しかしイエス・キリストがこの世界に来られたのは、まさに八方ふさがりに見える状況においても、なお希望があることを告げるためでありました。頑なになってしまった心を解き放つために、愛の種を蒔くために、この世界に来てくださったのです。

※この曲の日本語歌詞付きの楽譜は、『おお、なんという恵みよ!』(日本賛美歌学会 2009年)、および「礼拝と音楽 第109号」(2001春号 日本キリスト教団出版局)に掲載されています。またインターネットで TENEMOS ESPERANZA で検索すると、原語のさまざまな演奏を聴くことができます。

 

教会が水浸し!

1月24日から、鹿児島県内は強い寒気に覆われ、北部の伊佐市大口では氷点下15.2度を記録し、県内で観測史上1位の最低気温となった。鹿児島市内でも平年を10度近く下回る氷点下5.3度。慣れない雪で交通機関もストップし、24日の礼拝出席はいつもの半分以下の人数であった。雪は午後から夜にかけても降り積もるということで、デパートも早々に店を閉めた。翌日の報道によれば、鹿児島県内で18,300世帯が断水したとのことである。その夜、鹿児島加治屋町教会でも、大変なことが起きた。

1月25日(月)午前2時半、教会の火災報知機が鳴り響いた。あわてて教会3階にある牧師館を飛び出し、報知機を止め、作動した報知機センサーの2階部分を確認に行く。火は出ていないが、天井のあちこちから水が噴き出している。あわてて119番に電話をし、消防車に来てもらった。3階に上がると、教会部分全体が1~2センチの水に覆われて、湖状態になっている! 原因を探っていくと、洗面所の水道管が凍結のため破損し、そこから噴水のように水が噴き出していた。あわててその水をベランダにかき出そうとしたが、とても間に合わない。水は2階の礼拝堂内部とロビーに降り注ぎ、しばらくすると、2階の床を通り越して、1階のあちこちにも降り注いできた。机の中まで水浸しになってしまった。翌日、多くの教会員が集まり、床一面に新聞紙を敷きつめ、カーペットの水分を吸い取る等の作業をして一段落したが、結局、カーペットはすべて貼り直さざるを得ないようである。書類もかなり濡れてしまったが、コンピュータや機械類の大半は無事であった。今は、感謝のうちに復旧作業を進めているところである。

関連記事