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「失って解る神様の恵み」(2023年10月)

 暑い夏の日を過ぎてもなお、暑さを感じる時です。みなさまいかがお過ごしでしょうか。私も74才というせいもありまして、この暑さには、つくづく閉口しております。夏はイヤだ、夏は大嫌いと思ってしまいます。でもフト気がついて、あちこちの戸を開けて風の通り道を作ってやりますと、思わず「あっ涼しいあっ幸せ。」と叫びたくなるような心地良さを感じます。あのうだるような暑さに耐えていればこそ、自然の風がこんなに気持ちの良いものと悟る事ができるのです。
 私は、この春頃少々長く風邪を引き、その後気がつくと物の臭いが解らなくなり、また味覚もおかしくなってきて何を食べても味気なく、とてもがっかり致しました。病院に通ってみてもいっこうに良くなりません。 周りの方々に話してみますと以外に同じような症状の方が多いことが解りました。「あっ私一人ではないのだ。」と、だんだん気持ちが落ち着いてきました。
 そして今、失われている臭覚が人間に与えられた素晴らしい感覚であることにはじめて気付きました。お花にも果物にも野菜にもお茶にもお味噌にも一つずつそれぞれに微妙な独特の香りがあり、それらが何と素晴らしい創造の技であることか、臭覚、味覚を失ってみて、はじめて気が付きました。今も感覚は治っていませんけれど、頭の中で一つ一つの香りを思い出すことで楽しんでいます。そして、いつか必ず癒される日が与えられることを思い、希望を失ってはいません。
 私の体験は苦難と言えるほどのものではありませんが、どんな苦しみに会う時も、神さまは、必ず逃れる道を備えて下さいます。そして、それは決して神さまに見離された、というのではないのです。この事を通して私たちの背後には、しっかりと支えていて下さる神さまがいらっしゃることに気付くのです。私には、まだ歩ける足があります。朝毎に可憐に咲く花を愛でる事ができます。青いあおい海を走る白い船を眺める事ができるます。まだ活字やテレビを見ることができます。お互いに耳は遠くなりましたが夫と私の会話があります。話すこと聞く事、書く事、考える事、それらの事ができるのです。私の、小さな臭覚喪失という経験を通してなんと沢山の恵みに気づかされた事でしょう。
 聖書の中でパウロは云っております

「わたしの恵みは、あなたがたに充分である。力は弱さの中でこそ充分に発揮されるのだ。」(コリントの信徒への手紙二12:9)

と。もしあなたの心が弱くなっていらっしゃるなら、八方ふさがりだ。と落ち込んでいらっしゃるなら、どうぞ勇気を出して教会にいらして下さい。聖書の中には溢れるばかりの喜びや、慰め、励ましの言葉があります。そして力が与えられます。あなたもどうぞこの素晴らしい聖書の言葉を教会で学んでみて下さい。

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