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小友聡著『コヘレトの言葉を読もう』

(2019年 日本キリスト教団出版局)

〈コヘレトのメッセージを明らかにする見事な謎解き〉

評者=松本敏之

「コヘレトの言葉」にはすてきな言葉が散在するが、全体としては難解、あるいは支離滅裂で意味が通らない。大方の人はそういう印象を持っているのではないか。筆者もそうであった。筆者はこれまで三〇年以上牧師を務めてきたが、説教でも、有名な三章冒頭の「何事にも時がある」の部分、五章一節の「神は天にいまし、あなたは地上にいる」、一一章一節の「あなたのパンを水に浮かべて流すがよい」、一二章一節の「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」などを、元来の文脈とは関係なく断片的に取り上げた以外に、記憶にない。
しかし本書を読んで、著者の見事な謎解きのおかげで、「コヘレトの言葉」の全体像、総体的なメッセージがわかるようになり、「コヘレトで説教できる、連続して説教してみたい」と思うようになった。それが筆者にとって何よりの収穫である。
あとがきを読むと、著者が若い頃から運命的な形でコヘレト研究に導かれていったことがわかる(すべて定められた時がある!)。著者はこう述べる。「自分は神学生の頃、旧約聖書が苦手であったにもかかわらず、これがわからなければ牧師になっても致命的だと思って旧約聖書学を専攻した。その中でも一番難解な「コヘレト」がわかれば、他もわかるだろうと思い、これを卒論、修論のテーマとして選んだ。その頃から「コヘレト」は「黙示」と何らかの関係があるのではないかという問題意識をもっていたが、誰もどの文献もその手がかりを与えてくれなかった。膨大な時間を費やし、試行錯誤の末に発見したのが、コヘレト八章とダニエル書二章の関係である。」
ダニエル書二章は、知者ダニエルがネブカドネツァル王の見た夢を「解釈」し、神の秘密を見事に説明する部分である。著者は、その部分とコヘレト八章に、「言葉の解釈」と「何事が起こるかを知る」という共通の言葉が用いられているのを「発見」し、コヘレトがダニエル書に見られる黙示思想への対論として書かれたという新しい読み方を展開する。それを示した8章は推理小説のようであり、読んでいてわくわくする。黙示思想とは「もうすぐ終わりの時が来る」という強烈な切迫感において厳しい試練を耐え抜こうというものだが、それが行き過ぎると、今の時を十分に生き切ることができなくなってしまう。ダニエル書が成立したのもそうした時代であったが、コヘレトはそれに反して、「今、生きている時を全力で生きよ」と呼びかけているという。そのようなことから、コヘレトの言葉が書かれたのは、通説では紀元前五世紀から二世紀と言われているが、著者はダニエル書と同時期の紀元前二世紀頃とする。
最初に説教のことに触れたが、主イエスの「空の鳥、野の花」の言葉(マタイ六・二五以下)や、パウロの「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(第二コリント六・二)、あるいは「大食漢で大酒飲みだ」(マタイ一一・一九)と言われた主イエスの姿に結び付けて説教すると、コヘレトのメッセージと同じ方向で(反面教師としてではなく)語れると思った。
この書物の大事な特徴の一つは、二〇一八年一二月に発行された聖書協会共同訳のテキストを新共同訳と対比して掲載していることである。読み比べてみると、驚くほど違ってきており、新鮮である。新共同訳で厭世的に感じられた言葉(「空しい」など)や、女性差別的な誤訳(七・二八)なども、随分是正されている。著者は、聖書協会共同訳の編集委員であり、詩文学の原語翻訳担当であったので、当然コヘレトの言葉の翻訳にも関わられたことであろう。この書物を読んで、新しい聖書協会共同訳を読んでみようかと思う人も増えるのではないか。その意味でもまさにタイムリーな出版である(何事にも時がある!)。
この書物は「信徒の友」二〇一七年度に連載された「現代に語る『コヘレトの言葉』」がもとになっていること、拙著『マタイ福音書を読もう』から始まった「読もう」シリーズの第五弾として出版されたものであることを付記しておきたい。

(まつもととしゆき=鹿児島加治屋町教会牧師)

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