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大地のリズムと歌-ブラジル通信5 「世界一のキリスト受難劇

「ブラジルには世界に誇る二つのショーがあります。一つは、リオデジャネイロを中心 とするカーナヴァル、もう一つが、このノーヴァ・ジェルサレム(新エルサレム)の冬キ リスト受難劇》。カーナヴァルが最も世俗的な催しだとすれば、《キリスト受難劇》は最 も宗教的な催しです。」受難週の3月24日(月)、《受難劇》ツアー・バスの中で隣に 座った婦人は、誇らしげにそう語った。

ペルナンプッコ州の州部レシフェから東へ約180キロ奥地の村ファゼンダ・ノーヴァ に世界一の野外劇場ノーヴァ・ジェルサレムがある。 ここで毎年受難週の8日間、壮大な 《キリスト受難劇》が催される。総出演500人以上、観客は8日間で約9万人という から一夜1万人以上ということになる。

劇場面積は7万平方メートル、全体が高さ3メートルの城壁に囲まれている。これは実 際のエルサレムの城壁に囲まれた地域の3分の1の大きさである。その中に、イエス・キ リストの時代のユダヤを復元して、山上の説教の丘、エルサレム神殿、最後の晩餐の食堂、 ゲッセマネの園、ユダヤの最高法院、ヘロデの宮殿、総督ピラトの法廷、力ルバリの丘な どの舞台が、本格的な石造りの建造物と自然の岩や草木によって作られている。これはも はや劇場と言うより、映画村のような一種の異次元空間だ。1万人以上の観客は舞台の前 の斜面で立ったまま鑑賞し、一場面ごとに、全員が大移動する。大胆な発想である。


(劇場全体図、パンフレットより)

1951年、ファゼンダ・ノーヴァは、人口800人余り、鉱泉のある小さな保養地で あった。一帯は、見渡す限り乾燥地域独特の乾生植物とごつごつしたむき出しの花崗岩。 さまざまな形をした花崗岩は、古代の遺跡を思わせた.これらの岩が後に、遺跡ならぬ古 代の建造物に造りかえられることになるのである。

村長エパミノンダス・メンドーサは、薬屋、雑貨屋、小さなホテルの主人であった。妻 セバスチアーナとの間には9人の子どもがあった。一家は演劇が大好きで、地方巡業でや って来る演劇は、欠かさず見ていた。エバミノンダスは、かねがね観光客を村に呼び寄せ るのに何かいいアイデアはないかと考えていたが、ある日、雑誌でドイツのオーバーアメ ルガウでの《キリスト受難劇》上演の記事を読んで、これだ」とひらめいた。早速、 彼は家族と話し合い、実現に取りかかった。

台本は長男のルイスが書いた。セバスチアーナが細かい配慮をし、劇団員は家族の中で 組織された。 こうして1951年の受難週、地元の俳優を迎え、最初の《受難劇が催 された。舞台に選ばれた村の幾つかの場所を、一団はわずかの観客に伴われてぞろぞろと 移動した。 あたかもカトリックの行列祈祷のようであった。

[受難劇]亥は、次第に評判となり、1953年にはレシフェからも俳優や演出家が加 わった。加わった人たちは皆、この企面に熱くなっていった.とりわけメンドーサ家の娘 ディーヴァと恋に落ちた南部出身のプリニオ・パシェッコは、1956年の受難週、鉄道 の客車1台をチャーターして数十人のジャーナリストと共に戻ってきた。ファゼンダ・ノ 一ヴァの[受難劇]は一躍ブラジル中で有名となる。ディーヴァと結婚したプリニオは、 その後興行のイニシアティヴを取るようになり、さらに成功を重ねていった。しかし観客 が多くなるにつれ、これまでの「劇場」は限界にきていた。1962年の興行の後、プリ ニオは、より完璧な条件で上演でき、観客により快適に見てもらう「場所」を確保するま で、ついに興行を休止することにした。

彼は歴史と建築の本を読みあさり、構想を練りつつ村を歩き回った。設計ができた後も、 資金集めは想像以上に大変であった。幾つもの難関を乗り越えて、ようやく「ノーヴァ・ ジェルサレム」が完成し、1968年受難週、新しい城壁の中で、最初の《受難劇》が 催された。その後は世界中のマスコミの注目を浴びつつ、今日にいたっている。


(プリニオ・パシェッコ)

30回目の興行となる今年は、イエス・キリスト、ピラト、イエスの母マリアの3人に 大物俳優を起用したことが話題となった。とりわけイエス・キリストを演じた25歳のフ ァピオ・アスンソンの人気はすごく、イエスが鞭打たれる場面で背中をむき出しにされる や否や、少女達が叫びはじめたのには、いささか辟易させられた。

神殿の境内から商人を追い出した後、突然「姦通の女」がゆるされる場面が出てくるな ど、構成がちぐはぐで気になる部分も多いが、人々の心に生きているキリストの物語が素 朴につなぎ合わされていると見ることもできよう。特に、イエスが何度も何度もつまづき つつ、ゴルゴタの丘へ向かっていく場面には、カトリックの信仰が色濃く投影されていた。 また十字架から降ろされたイエスの遺体をマリアが膝に抱いて嘆く場面は非常に美しく、 カトリックの伝統の国ならではの演出で、心に残った。

毎年毎年ショー的な要素が強くなっていく傾向に残念がる声もあるが、とにかく片田舎 の受難劇に10万人近い人々が集まるという事実は驚きであり、ブラジルのキリスト教信 仰の根強さを物語っていると言えよう。

(『福音と世界』6月号、1997年5月)

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