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2022年6月19日説教「和顔施(わげんせ)」志布志教会 石倉夕子牧師

心からの「和顔施」(わげんせ)に生きる

「箴言」に15章13節以下に印象的な言葉が置かれています。

「心に喜びを抱けば顔は明るくなり 心に痛みがあれば霊は沈みこむ。聡明な心は知識を求め 愚か者の口は無知を友とする。貧しい人の一生は災いが多いが 心が朗らかなら、常に宴会にひとしい」。イスラエルの人々は、それぞれの人生の経験を踏まえて、心の状態がその人の顔つきを規定する、この事実を知恵の言葉として語り残しました。「心に喜びを抱けば顔は明るくなり 心に痛みがあれば霊は沈みこむ」、また「心が朗らかなら 常に宴会にひとしい」と語られています。それぞれがどんな心で生きているのか、直面するさまざまな出来事をどうその心で捉えているのか、そしてその心を反映したどんな表情を示しているのか、考えさせられます。

「無財の七施」(むざいのしちせ)

仏教でいう「布施」、これは、分け隔てなく、慈悲の心をもって他人に財物などを施す実践徳目だそうですが、その「布施」に関して「無財の七施」が特に大切にと言われているそうです。財力や智恵のあるなしにかかわらず、誰もが日常生活の中で励む善行として「無財の七施」として、次の7つの行いがそう語られているそうです。

  1. 眼施 (げんせ):常に温かく、やさしいまなざしをもって人に接すること。
  2. 和顔施 (わげんせ):やさしい微笑みをもって人に接すること
  3. 愛語施(あいごせ) または言辞施(ごんじせ):思いやりを持った言葉で人に接すること
  4. 身 施(しんせ) :身をもって思いやりを示すこと
  5. 心 施 (しんせ):自分以外のもののために心を配り、共に喜び、ともに悲しむこと
  6. 床座施 (しょうざせ):人に場所や席を快く譲ること
  7. 房舎施 (ぼうしゃせ):人に宿泊や休憩の場所を快く提供すること

これは単に仏教の教えというのではなく、キリスト教にもほぼ全てが共通しているかと思います。とくに「和顔施」は、私たちの表情が問題とされています。まさに今日の箴言の言葉です。

教会の役割

ここまでのお話であれば単に一人一人の心掛けが問題だと片づけられるのですが、もう少し深めたいと思います。確かに一人一人の心掛けは大事です。先ほど言いました、その人がどんな心で生きているのか、直面する様々な問題にどうその心で捉えて対処していくのか。これは本人次第、個人の問題にされてしまいます。でももし、その人の心をくじくような社会であればどうでしょうか?無財の七施すら施す余裕もない人びとがいるという現実もあります。社会からはじき出されて周辺化された人々の存在があります。志布志教会着任前にお世話になったなか伝道所はまさにそんな周辺化された場所にありました。横浜市中区寿町です。イエスはまさにそんな只中にいるのです。人びとから笑顔を奪い去ってしまう社会、痛みしか残せないような社会の現実。教会は、そしてそこに集う私たちは、心痛めている人の痛みをいやし、心に喜びの種をまき、その人たちの笑顔を復活させることができるのでしょうか。「貧しい人の一生は災いが多いが 心が朗らかなら、常に宴会にひとしい」この箴言の言葉は表面的な言葉ではなく、イスラエル社会のセーフティーネット(申命記24章)という裏付けがあるからこそだと私は思います。確かに貧しいということは生活に多くの困難を残します。それでも社会のセーフティーネットがしっかりと機能していれば心は何とか健康でいられるのです。そうして人は初めて和顔施で生きることができるのです。今日のみ言葉からそんな社会の実現のために私たちのなすべきことのヒント(になればよいのですが・・・)をお話させていただきました。

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