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2024年2月25日説教「イザヤの召命」松本敏之牧師

イザヤ書6章1~14節 マタイによる福音書13章10~17節

(1)預言者、預言書

鹿児島加治屋町教会独自の聖書日課、1月23日からイザヤ書に入りました。ここから預言書に入っていきます。旧約聖書全体の3分の1位の分量を占める大きな部分です。

歴史書の後は、文学書でしたが、私たちはヨブ記の次の文学書である詩編は、10編ずつ分けて読んでいます。その後は、箴言、コヘレトの言葉、雅歌と続きますが、それらも、預言書の合間に、間奏曲のように読んでいきたいと思っています。

さて最初に、預言書について、また預言者について語っておきましょう。預言者という言葉を聞くと、多くの人は何か異常な霊に満たされて神がかり的なことをする人とか、未来に起こる出来事を言い当てたりする人のことを想像することが多いのではないでしょうか。確かに聖書の舞台であるカナンの地には、古くからそういう人物が存在しており、すでにサムエルの時代に現れて「先見者」(先を見る人、ローエー)と呼ばれたりしていました。しかしイスラエルに活躍した預言者(ナービー)というのは、「神に召された人」という意味があり、そこから神の言葉・神の意志を人々に伝達する役割を果たす人となりました。日本語でも、ヘブライ語の「ナービー」は、単に「あらかじめ語る者」という「予言者」ではなく、神から「言葉を預かる者」ということで「預言者」と訳されています。

エレミヤが預言者になる時、神が「私はあなたの口に私の言葉を授けた」(エレミヤ1:9)と記されています。預言者というのは、いわば「神の口」であり、「神の代弁者」として働いたのでした。

預言者は、広義ではアブラハムやモーセまで含めることもありますけれども、預言活動が活発化したのは、イスラエル統一王国が南北に分裂した紀元前9世紀のエリヤ、エリシャの頃からです。エリヤとエリシャについては、以前に説教でも紹介しましたが、列王記にその活動の様子が書かれています。ただし預言の内容そのものは文書としては残されていません。エリヤ書とかエリシャ書というのは、聖書にはありません。

それに対して、紀元前8世紀に北王国に現れたアモス以降の預言者の言葉は文書として残されています。それゆえに、彼らは「記述預言者」(文書預言者)と呼ばれます。イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書は、その預言の長さによって「三大預言書」と呼ばれます。ダニエル書までを含めて「四大預言書」と呼ぶこともありますが、ダニエル書は少し例外的な預言書です。ダニエル書についてはまた改めてお話する時があると思います。それ以降の、ホセアからマラキまでは、その長さから「十二小預言書」と呼ばれます。

(2)イザヤ書は三部構成

それでは、イザヤ書に入っていきましょう。イザヤ書は全体で66章もある壮大な預言書です。ただし実はイザヤ書は、三つの時代に別の著者によって書かれたものが一つに統合された預言書なのです。第一部は1章から39章までで、紀元前8世紀、イスラエル北王国が滅亡する前後の時代です。イザヤという名前が出てくるのは、この最初の部分だけで、第一イザヤと呼ばれることもあります。第二部は40章から55章までで、通常第二イザヤと呼ばれます。第二イザヤが活躍したのは、預言者イザヤ(第一イザヤ)から約200年後の紀元前6世紀後半、バビロン捕囚の時代の末期です。そして第三部は、56章から66章までで、通常第三イザヤと呼ばれます。第三イザヤが活躍したのは、さらに数十年後の紀元前6世紀末で、バビロン捕囚から解放されて、エルサレムに帰ってきて神殿を再建する時代です。

(3)第一イザヤ

さて、今日はその大きなイザヤ書の中の最初の部分、いわゆる第一イザヤについてお話します。イザヤは、南ユダ王国のウジヤ王が死んだ年、紀元前742年に、20歳で召命を受け、約40年にわたって(ヨタム、アハズ、ヒゼキヤという三代の王の時代)活動した預言者です。先ほどイザヤ書6章1節以下をお読みいただきましたが、その言葉も「ウジヤ王が死んだ年」という言葉で始まっていました。

イザヤはエルサレムに生まれ、エルサレムで生涯を送りましたが、その預言内容からして、豊かな知識とすぐれた思想をもつ、エルサレムきっての学識高い貴族であったのではないかと言われています。彼は、エルサレム神殿で祈っている時に、不思議な幻の中でおごそかに神様と出会います。そしてこういう言葉を聞きます。

「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな 万軍の主。 その栄光は全地に満ちる。」イザヤ6:3

イザヤが出会った神様は「聖なる神」でした。同じヤハウェの神様でも、たとえば、預言者アモスと出会った神は「義なる神」であり、預言者ホセアに出会った神は「愛なる神」でありました。それらに対して、イザヤは、同じ神様を「聖なる神」という特性によって明らかにいたします。「聖」(ヘブライ語でカドーシュ)というのは、〈距離〉あるいは〈区別〉を意味する言葉です。それをさらに内容的に言えば、〈超越の神〉、〈絶対の神〉と言い換えることもできるでしょう。「聖なる神」というのは、俗なるもの、汚れたものなど、そういうほかの一切のものとは異なり、隔たっている存在なのです。イザヤの預言は、そういう神の「聖性」を原理として語られています。

(4)汚れをきよめられたイザヤ

イザヤ自身も、その神の前に立って、自らの罪の汚れを自覚いたしました。 先ほどの「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主。その栄光は全地に満ちる」という言葉が聞こえた後、「その呼びかける声によって敷居の基が揺れ動き、神殿は煙で満ちた」(6:4)というのです。そしてイザヤはこう言いました。

「ああ、災いだ。 私は汚れた唇の者 私は汚れた唇の民の中に住んでいる者。 しかも、私の目は 王である万軍の主を見てしまったのだ。」6:5

神の聖さ(きよさ)の前では、汚れた存在である人間は死ぬよりほかないと考えられていました。その時、セラフィム(天使)の一人がイザヤのところに飛んできます。そのセラフィムの手には、祭壇の上から火箸で取った炭火がありました。セラフィムは、その炭火をイザヤの口にあてます。そしてこう言いました。

「見よ、これがあなたの唇に触れたので 過ちは取り去られ、罪は覆われた。」6:7

(5)召命と派遣

イザヤの罪や汚れは、その炭火によってきよめられるのです。そこからイザヤは神様の召命を受けます。

「誰を遣わそうか。 誰が私たちのために行ってくれるだろうか。」6:8

唇をきよめてもらったイザヤは、こう応えます。

「ここに私がおります。 私を遣わしてください。」6:8

この問答は有名です。『讃美歌21』の派遣の言葉にも入れられています。『讃美歌21』93-6-3です。開いてみていただけますか。

司式者(牧師)が「主は言われます。『わたしは誰を遣わすべきか』 というと会衆は

「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」と応えます。 それを受けて、司式者は

「キリストの平和の使者として、行きなさい」と派遣の言葉を語ります。

私は、いつもは、93-6-6を用いていますが、今日はせっかくですので、この93-6-3を用いたいと思います。このページをすぐに開けるように、しおりでもはさんでおいてくださるとよいかと思います。ちなみに、最後の頌栄も、このイザヤ書6章の「聖なるかな」をもとにした83番にしました。

(6)頑迷預言、逆説的預言

しかしその後、神がイザヤに語られた言葉は理解に苦しむものでした。

「行って、この民に語りなさい。 『よく聞け、しかし、悟ってはならない。 よく見よ、しかし、理解してはならない』と。 この民の心を鈍くし 耳を遠くし、目を閉ざしなさい。 目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず 立ち帰って癒されることのないように。」6:9~10

普通は、神様が預言者を遣わされるならば、それは人々が悔い改めるためではないか。そして救いのためではないのか、と思います。しかしここでは逆に、民の心をかたくなにし、悔い改めてもいやされることがないためにと言われます。これは「頑迷預言」とも言われます。人々を頑迷にするために語られるというのは不思議なこと、理解に苦しむです。

私は、これは、「事実としてそうなるであろう」ということではないかと思います。「いくら言っても彼らは結局、聞く耳を持たないだろう。それでもあなたはそれを語らなければならない。あなたは嫌われるだろう。それでも語らなければならない、ということではないでしょうか。

実は、イエス・キリストが、この言葉を引用しながら、弟子たちに向かって語られたことがありました。先ほどお読みいただいたマタイ福音書の13章13節です(新約聖書24頁)。

「だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、悟りもしないからである。こうして、イザヤの告げた預言が彼らの上に実現するのである。 『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らず 見るには見るが、決して認めない。 この民の心は鈍り 耳は遠くなり 目は閉じている。 目で見ず、耳で聞かず 心で悟らず、立ち帰って 私に癒されることのないためである。」マタイ13:13~15

こちらのほうが少し分かりやすいかもしれません。しかし、こういう言葉を語らなければならないというのは、なかなかつらいことであったでしょう。

(7)「主よ、いつまでですか」

ですから、イザヤはそれを聞いたとたんに、こう尋ねるのです。

「主よ、いつまでですか。」6:11

イザヤは、神の「誰をつかわそうか」という言葉を聞き、それに対して、「ここに私がおります。私を遣わしてください」と応えました。その時には、それなりの高揚感があったのではないでしょうか。しかし語らなければならない言葉を聞くと、急に気持ちが暗くなってしまった。「主よ、いつまでですか。」いつまでも、そういう言葉を語らなければならないのですか。永遠に続くのであれば、耐えられない。

神様は応えられます。

「町が荒れ果て、住む者がいなくなり 家には人が絶え その土地が荒れ果てて崩れ去る時まで。」6:11

町が徹底的に破壊される時が来る。しかしその時までだ、と言われる。終わりはあるのです。いつまでも、というわけではない。そして同時に、将来につながる希望の言葉も語られました。

イザヤは、どんなに希望が無くなってしまったように見えても、将来へと希望を託す「残りの者」についてもあちこちで語っています。本日読んでいただいた最後の言葉、6章13節でもこう語られるのです。

「切り倒されても切り株が残る。 テレビンの木や樫の木のように 聖なる子孫が切り株となって残る。」6:13

預言者は、神がよしとされるまで、語り続けなければならない。そういう面があります。預言者には、そういう面がある。ですから預言者たちの多くは迫害を受けました。耳障りの悪い言葉を語らず、慰めの言葉、希望の言葉だけを語っていれば、ある意味では人々から受け入れられ、喜ばれたでしょう。しかしそういう訳にはいかなかったのです。

(8)免職処分を受けた牧師のこと

私は、今日においてもそういうことはあると思います。「神の言葉を預かる者」という意味では、牧師もあるいは神父も、預言者の系譜に連なる者と言えるかもしれない。そこでも人々に受け入れられやすい言葉だけを語っていれば、人々から喜ばれるかもしれませんが、そうはいかないこともあります。

社会の変革にかかわるようなことは、往々にしてそうであろうと思います。それは社会に対してだけではなく、キリスト教会の中においてすらそういうことがあります。

実は、こういうことはあまり皆さんにはお話してきませんでしたが、私たちの属する日本基督教団では、「聖餐式をまだ洗礼を受けていない人もどうぞ」という。いわゆるオープン・コミュニオン、あるいはフリー・コミュニオンとも呼ばれますが、未受洗者の陪餐というのを行い、一人の牧師が10数年前に退任勧告を受け、それでもやめない、ということで、13年前に「免職処分」を受けました。聖餐式については、今、世界でたくさんの考え方があり、それは多様です。そのことについて、日本基督教団でも積極的に議論をしていましたが、ある時からそれができなくなりました。

今は聖餐論にまで議論を広げるつもりはありませんし、その時間もありませんが、そのことによって、ひとりの牧師が免職処分を受けるというのは、私は間違っていると思います。そして、多くの人たちがその処分を取り消すようさまざまな働きかけがなされてきましたが、日本基督教団の執行部は聞く耳を持ちません。私は、それほど大きな声をあげてはいませんが、やはりその運動に賛同するものです。世界の教会を見ても、聖餐式をいわゆるオープンにしたという牧師が免職処分を受けたというのは前代未聞のことですし、恥ずかしいことだと思います。なんとかその牧師の免職処分を取り消して、地位保全をしなければならないと痛感しています。

しかしそのことはいくら言っても通じないのです。そして、「あの牧師はあっち派だ」と、レッテルを貼られます。「あなたの言っていることは的外れだ」と別の牧師から言われそうですが、それでも語っていかなければならない。そういう事柄があるのではないかと思います。

(9)クリスマスの預言

イザヤ書に話を戻しますが、イザヤは、やはり希望の言葉を語りました。この6章のすぐ後の第7章には、クリスマスを指し示す「インマヌエル預言」が出てきます。

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエル」と呼ぶ。」7:14

さらに2章後ろの9章5節。

「一人のみどりごが私たちのために生まれた。 一人の男の子が私たちに与えられた。 主権がその肩にあり、その名は 『驚くべき指導者、力ある神 永遠の父、平和の君』と唱えられる。」9:5

これもまたクリスマスの預言の言葉です。 さらに2章後ろの11章にもあります。

「エッサイの株から一つの芽が萌え出で その根から若枝が育ち その上に主の霊がとどまる。」11:1~2

少し飛ばして6節。

「狼は小羊と共に宿り 豹は子山羊と共に伏す。 子牛と若獅子は共に草を食み 小さな子どもがそれを導く。」11:6

すべてクリスマスをほうふつとさせる言葉です。 (イザヤの召命記事の6章の後、奇数の7章、9章、11章と覚えるとよいかもしれません)

イザヤは、イスラエル北王国という滅亡という激動の時代、ユダ南王国においても大混乱が起きていた中で、冷静に語るべき言葉、厳しい裁きと慰めと希望の言葉を語っていったのでした。

私たちも、現代にあって、謙虚に神様に尋ね求めつつ、語るべき言葉を語っていきたいと思います。

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