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真夏のクリスマス 1998年11月

「切り株から若枝が育ち、
若枝から花が咲き、
花からマリアが生まれ、
マリアから救い主が生まれた。
…………………
神の霊が彼の上にとどまる。
それは知恵と識別の霊、
思慮と力強さの霊、知識と恐れの霊。
彼は主を恐れ敬いつつ、喜びを見出す。

彼は世の人がするように、
見た目や、うわさで人を裁かず、
正義を持ってこの世の貧しい人々を
正しく裁かれる。
彼こそは、弱い人々の権利を
守られる方である。」

これは、私の敬愛するレジナルド・ヴェローゾ神父が、イザヤ書11章の言葉を用いながら、ブラジル北東部のフォルクローレの旋法によって作ったクリスマスの歌の一部です(『切り株から若枝が』)。哀しくも美しい旋律の中から、希望を指し示す力強さがふつふつと伝わってくる不思議な曲です。この世の富や力がほんの少数の人によって握られているブラジルの現実においては、イザヤのメッセージが、切実な響きをもって迫ってきます。この曲はすでに英語にもスペイン語にも訳されており、ブラジル生まれのクリスマス・ソングの代表的なものの一つでしょう。

ヴェローゾ神父は今日のブラジルにおけるすぐれた賛美歌作者の一人ですが、彼の作る多くの曲には、この哀しみと力強さが同居しています。それはブラジルで最も貧しい北東部の民衆のもつ哀しみであり、その厳しい現実を乗り越えて生きる民衆の、そして彼自身の信仰の力強さです。ブラジルが軍政であった1970年代、ヴェローゾ神父は腐敗した政権を批判する歌を作って民衆と共に歌い、二度も投獄されました。このクリスマスの賛美歌もそうした厳しい現実の中で、作られたものなのです。民政移管後、言論の自由は戻り、武力による鎮圧などは無くなりましたが、圧倒的な貧富の差、不公平な社会構造など、根本的な問題は何ら変わっていません。

私はブラジル北東部レシフェ/オリンダの町外れの貧しい地区アルト・ダ・ボンダーデのメソジスト教会において、牧師として働いてきました。この教会は、創立以来、貧しい地域共同体と共に歩む教会として、職業訓練などをするコミュニティーセンターや無料の保育所・幼稚園を運営してきています。

12月はブラジルでは年度の終わりでもあり、卒業シーズンです。私たちの教会の「新しき民」幼稚園でも、クリスマスのお祝いをしながら、祈りをもって子どもたちを次の学校へと送り出します。

子ども達は10歳位になると、家事や子守り、父親の手伝いなどを始めます。さまざまな仕事をこなしつつ、また麻薬・シンナーなどの誘惑を退けて、勉強を続けていくことは容易なことではありません。

教会が少々何かをしたところで、どうにもならないように見える厳しい貧しさの前で、自分の無力さに打ちひしがれそうになりますが、私はこの地の人々のおおらかで、たくましい信仰に、逆に励まされ、熱い信仰の火を点されてきました。彼らにとって、「正しい裁きをされる主が来られる」ことは、ゆるがない素朴な確信であり、非常に大事な意味を持っています。その確信が日々の厳しい生活を支え、あの明るさ、おおらかさを生み出しているのです。

ブラジルのクリスマスは真夏です。暑い日差しのもとで、主の恵みを全身に浴びつつ、「主が来られる」という熱い信仰を新たにする時なのです。

(『信徒の友』12月号、1998年11月)

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