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2023年11月12日説教「ネヘミヤの祈り」松本敏之牧師

ネヘミヤ所1章1~1節
ヨハネの手紙一5章13~15節

(1)はじめに

鹿児島加治屋町教会独自の聖書日課、歴代誌の後、エズラ記、ネヘミヤ記と読み進めました。エズラ記、ネヘミヤ記は、旧約聖書の中の歴史書の最後に当たります。このあたりが、読んでいて一番しんどいところかと思いますが、皆さんは続けておられますか。ここを乗り越えると、またヨブ記など文学に入りますので、少し読みやすくなります。ぜひがんばってください。また途中であきらめた方も、この次のエステル記あたりから、また復帰してくださればよいかと思います。

当初の予定では、10月29日に、先ほど読んでいただいた箇所で、説教題も「ネヘミヤの祈り」という題で説教する予定にしていました。しかし、急遽、福音歌手の森祐理さんがメッセージ語ってくださることになりましたので、この「ネヘミヤの祈り」のほうは、本日に持ち越すことになりました。ただネヘミヤ記も一昨日で終わり、昨日からその後のエステル記に入ってしまいました。12月は、聖書日課に基づく説教はしない予定ですので、エステル記の話をする機会がなくなってしまいます。

しかし、今この時、つまりイスラエルとガザのハマスが戦争状態にあるこの時、エステル記について知っておくことは、大事な意義があると思います。同様に、エズラ記、ネヘミヤ記についても知っておくことは意味があります。それで、今日は、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記について、まとめてお話することにいたしました。最初に、エズラ記、ネヘミヤ記について触れた後で、エステル記の物語を中心にお話したいと思います。

(2)エズラ記、ネヘミヤ記とは

まずエズラ記とネヘミヤ記ですが、この二つは歴代誌の続きの歴史について述べています。紀元前6世紀のはじめ(つまり紀元前590年代、580年代)、エルサレムはバビロニア帝国の侵攻を受け、主だった人たちはバビロンへ連れて行かれました。しかしその後、ペルシャ帝国が台頭してきます。そしてペルシャによってバビロニアが打ち破られ、バビロン捕囚から50年後、紀元前530年頃に、イスラエルの人たちはペルシャ王キュロスによって解放されるのです。

さらもキュロス王は、イスラエルの民が大事にしてきた信仰に感動して、バビロン軍によって50年前に壊されたエルサレム神殿の再建を命じるのです。エズラ記1章2節にこう記されています。

「ペルシャの王キュロスはこのように言う。天の神、主は地上のすべての王国を私に与えられ、ユダのエルサレムに神殿を建てることを私に任せられた。あなたがたの中で主の民に属する者は誰でも、神がその人と共におられるように。その者は誰であれ、ユダのエルサレムに上り、イスラエルの神、主の神殿を建てなさい。その方はエルサレムにある神である。残る者は皆、どこに寄留している者であっても、自分のいる所で、エルサレムにある神の宮への自発的な献げ物を用意し、また銀や金、財産や家畜をもって彼らを援助しなさい。」エズラ記1:2~4

これがペルシャ王キュロスの出した布告でした。イスラエルの人々にとっては、神がキュロス王を通じて、自分たちを解放してくださったということでありました。そしてエズラ記3章から6章まではエルサレム神殿の再建について記され、7章以降はエズラのエルサレム帰還(帰って行くこと)が記されます。

(3)ネヘミヤの祈りの内容

物語は、そのままネヘミヤに引き継がれます。1章は先ほどお読みいただいた「ネヘミヤの祈り」です。ネヘミヤは、ペルシャアルタクセルクセス王の献酌官でした。「献酌官」というの、王の飲む酒の毒見をする人です。王の信頼を受けた人で、王の側にて、王と親しい関係にあり、単に毒見だけではなくて、政治的な助言もいたしました。重要な地位です。

ネヘミヤは、祈りによって、エルサレムの城壁修復を進めました。ネヘミヤは、どのような祈りをしたのでしょう。ネヘミヤの祈りは、祈りについて大切なことを教えてくれる見本のようなものです。

一つ目は、偉大な主、神様をほめたたえるということでした。

「ああ、天の神、主。大いなる畏るべき神。主を愛し、その戒めを守る人々には契約と慈しみを守る方。どうか耳を傾け、目を開いて、あなたの僕の祈りを聞いてください。」ネヘミヤ1:5~6

二つ目は、罪を告白して赦しを求めるということでした。

「私は今、昼も夜もあなたの前に祈り、イスラエルの人々の罪を告白します。私たちはあなたに罪を犯しました。私も、私の父の家も罪を犯しました。」ネヘミヤ1:6

そして「その罪を赦してください」と祈ります。

そして三つ目は、具体的な願いです。

「ああ、わが主よ、あなたの僕の祈りに、そしてあなたの名を畏れることを喜びとする僕たちの祈りに、どうか耳を傾けてください。どうか今日、あなたの僕の願いをかなえ、この方の前で憐れみをお与えください。」ネヘミヤ1:11

この方というのは、ペルシャ王アルタクセルクセスのことでしょう。そして実際、2章で、アルタクセルクセス王から、「あなたは何を求めているのか」と尋ねられ、ネヘミヤは、エルサレムへ派遣されることを願いました。そして実際にそのペルシャ王からその許可は与えられて、エルサレムの城壁再建が始まることになります。

(4)異民族排除の問題

ただエルサレムの城壁再建の後、13章で、ネヘミヤの改革として記されるのは、「徹底的にイスラエルであること」が求められるということでした。そのために、異民族との結婚の禁止、すでに結婚してしまっている場合は、その結婚の解消が求められるのです。そしてその子どもも追い出されることになります。そうしたことの背景には、異民族との結婚によって、自分たちの信仰が脅かされるという恐れがあったのでしょう。しかし読んでいてかなり抵抗があります。『新共同訳 旧約聖書略解』のエズラ記・ネヘミヤ記の執筆者である水野隆一さん(現・関西学院大学教授)は、こう述べています。

「エズラ記・ネヘミヤ記は『イスラエルであること』、しかもペルシャの支配下、独立国家を持たず、王も大祭司もいない中でそのアイデンティティーを守ろうとし、アイデンティティーを確立する手段を求めた物語である。制度による保証がない以上、律法の遵守という内的な手段と安息日の遵守や異民族との結婚を拒否することなど外的な強制とを取らざるを得なかった。

しかし、現代の読者はこの物語に潜む問題を避けて通ることはできない。民族間の紛争、それを支える宗教的対立、人種や性別による差別、偏狭な倫理主義、精神主義的な束縛、そしてこれらを支える排他的アイデンティティー。これらはそのまま、現代の私たちが持つ問題である。これらの問題に、エズラやネヘミヤは賢明に対することができたのか?私たちはそのように問いながら、今一度エズラ記・ネヘミヤ記に向かおう。」

水野先生も、さすがに聖書の記述を否定するような書き方はせず、疑問を投げかける形で書いておられます。本音のところでは、「この対処法は、現代ではだめですよね」とおっしゃりたいのでしょう。私もそう思います。異民族を排斥して、「自分たちの純血を守る」ということでは、問題は解決しない。特に今のイスラエルの、パレスチナに向き合う姿勢の奥には、まさに、異民族排除の思想があるのでしょう。私たちは、恐れず違った人々と共に生きる道を求めていかなければならないのではないでしょうか。

(5)エステル記を知る意義

さて、エステル記を読むときにも、共通する問題がもっと先鋭的な形で問われてきます。皆さんは、エステル記の物語をご存じでしょうか。エステル記は、聖書の中にすでにユダヤ人迫害があったこと、また20世紀にドイツのナチスによって企てられたようなユダヤ人を絶滅させるという企てがすでにあったことを記しています。そしてその危機から救ったのがエステルとその養父であるモルデカイなのです。そのことをお祝いするのがプリム祭というユダヤの春先のお祭りです。今もあります。しかしここでもまた過剰な報復のようなことがあったことを聖書は記しています。それはまさに、今のイスラエルがガザの人々に対して行っていることとよく似ていると、私は思いました。

(6)エステル記のあらすじ

まずは、エステル記の物語を追ってみましょう。

紀元前5世紀前半、ペルシャのクセルクセス王の時代のことです。クセルクセス王は、先ほどのネヘミヤ記のアルタクセルクセス王の前の王様です。ですからほぼエズラ記、ネヘミヤ記と同時代のことと言ってもよいでしょう。

ペルシャの国にエステルという少女が住んでいました。彼女は父親も母親もいませんでしたので、親族(年長のいとこ)にあたるモルデカイに引き取られて育てられました。そして美しい娘に成長します。

ペルシャでは、訳があって、クセルクセス王の前の王妃が退けられ、新しい王妃を迎えることになりました。全国から妃候補となる美しい娘が宮殿に集められることになりました。何人かが選ばれるのですが、その中にエステルも入っていました。モルデカイはエステルに自分がユダヤ人であることを明かしてはならないと命じました。

規定に従って12カ月が経つと、それぞれ順番に王のところに召されることになりました。王はエステルのことをとても気に入りました。

王は彼女の頭に王妃の冠を置き、彼女を王妃とします(エステル記2:17)。

一方、王はアガグ人のハマンという人物を重宝し、同僚の大臣たちの誰よりも上の座に着かせました。王の家臣たちは皆、ハマンにひざまずきましたが、モルデカイはひざまずきませんでした。それで、ハマンは自分にひれ伏さないモルデカイのことで憤慨していました。モルデカイは、なぜ自分がひざまずかないか、自分はユダヤ人である(ユダヤ人には、神様がいる)ということを同僚たちに告げていました。同僚たちは憤慨しているハマンに、モルデカイがユダヤ人であることを知らせます。すると、ハマンはモルデカイだけではなく、ペルシャ国内にいるすべてのユダヤ人を滅ぼしつくそうと考えたのです。そして王にこう進言します。

「あなたの国のすべての州に、諸民族のうちに散らされ、分離された一つの民族がいます。彼らの法はどの民族のものとも異なり、彼らは王の法を守りません。彼らをそのままにしておくのは、王にとっても益ではありません。もし王がよしとされるなら、彼らを滅ぼすようにと命じる文書をお作りください。」エステル記3:8~9

王は手から指輪を外してハマンに与え、そして「その民はあなたがよいと思うようにしなさい」と言いました(エステル記3:11)。

文書が作成され、すべての州に送られました。こうして、一日のうちに、ユダヤ人を若者から老人、子ども、女に至るまで一人残らず根絶やしにし、殺し、滅ぼし、また彼らの財産を奪い取ることとなりました(エステル記3:13)。

モルデカイは一部始終を知ると、衣を裂き、粗布をまとって灰をかぶり、都の中に出て行って、大きな声で苦しみに満ちた叫びを上げながら、王の門の前まで来ます(4:1~2)。

モルデカイは、人を介して、エステルに、「王にユダヤ人に憐れみをかけてくださるように伝えてくれ」と頼みます。エステルは躊躇します。なぜならば、王妃といえども、「王に呼ばれていないのに、内庭に入って王に近づく者があれば、殺されなければならない」という法律があったのです。ただし、王が金の笏(しゃく)を差し伸べた者はその死を免れることができました。エステルはそれまで30日間、王には呼ばれていませんでした。ですから王に伝えることは命がけだったのです。
モルデカイはエステルに言いました。

「あなたは自分だけ他のユダヤ人と違い、難を免れるだろうと思ってはならない。」(むしろ)「このような時のためにこそ、あなたは王妃の位に達したのではないか。」エステル記4:13~14

エステルは、王に話をする決心をします。

「私は王のもとに行きます。もし死ななければならないのであれば、死ぬ覚悟はできております。」エステル記4:16

エステルは王のもとへ行き、王はエステルに対し、金の笏を差し伸べました。

エステルは、「王とハマンを食事に招待したい」と言い、王はそれを快く受け、ハマンもそれを喜んで受けました。その食事の時、王はエステルに「あなたが望むことは何でもかなえよう」と告げます。

エステルは言いました。

「王様、もし王様が良しとされるなら、私の望みをかなえて私の命を、私の願いを聞き入れて私の民をお救いください。私と私の民は売られて、根絶やしにされ、殺され、滅ぼされようとしています。」エステル記7:3~4

王はエステルに言いました。

「そんなことをしようと心にたくらんでいるのは一体誰か。その者はどこにいるのか」エステル記7:5

エステルは言いました。

「その苦しめる者、その敵は、この邪悪なハマンです。」エステル記7:6

王はハマンに対して激怒し、そしてハマンは、モルデカイをつるそうと用意していた柱に、逆に彼自身がつるされて殺されることになりました。そしてモルデカイがハマンの後、ハマンの地位に着くことになりました。ユダヤ人たちは、このことを神様に感謝し、記念して、毎年プリム祭というお祭りを行っています。春先のお祭りです。

(7)ユダヤ人たちの危機感

私は、このエステルの物語を改めて読んで、ユダヤ人たちの自分たちが滅ぼされることへの危機意識、恐れは、20世紀のホロコーストから始まっているのではなく、ずっと大昔、聖書の中に、すでにその根があるのだということを思いました。

今のイスラエルの国の人々が、自分たちがハマスによって攻撃されたことに対する大きな危機感はそうしたこととも関係があるのでしょう。イスラエルとパレスチナだけの力関係で言えば、圧倒的にイスラエルが強いのですが、もう一つ大きな地図で言えば、イスラエルは中東の国々に取り囲まれた小国であるということを思います。ネタニエフ首相も、「これはイスラエルの国家存亡の危機だ」と言っていました。そうしたことを本気で恐れているのでしょう。

(8)過剰な報復は間違っている

しかしエステル記は、憎きハマスを倒してハッピーエンドで終わるのかと思ったら、そうではありませんでした。

改めてエステル記を読んで気づいたのは、その後の物語です。9章には、モルデカイとエステルの過剰な報復と思えること、自分たちを殺そうとしたハマンの一族を逆に滅ぼしつくすという恐ろしさが出ております。

「モルデカイという人物は、ますます勢力を増していった。ユダヤ人は敵をすべて剣で打ち、殺し、滅ぼし、自分たちを憎む者たちにほしいままに行った。スサの都では、ユダヤ人は500人を殺し、滅ぼした。」エステル記9:4~5

そして「ハマンの10人の息子10人を殺した」と記されています。

エステルも、王から再び「さらなる願いがあるならば何でもかなえよう」と言われたのに対し、「ハマンの10人の息子を木につるさせてください」と願うのです(エステル記10:13)。

さらにその後も殺戮は続きます。「スサにいるユダヤ人たちはアダルの月の14日にも集まって、スサで300人を殺した」と記し、その後、言い訳のように「しかし略奪はしなかった」と、付け加えています(エステル記9:15)。

これなどは、まさに、今、パレスチナのガザで起きていることを、ほうふつとさせるものではないでしょうか。しかし聖書を現代的な視点で読むということは、聖書の物語を、そのまま現代世界の関係に当てはめるということではありません。その意味で、私たちは聖書の物語を批判的な視点をもって読むことも必要でしょう。そしてその前に、とにかく聖書を読んでおくことも必要でしょう。特に、私たち日本人は、今日の戦争、紛争には、どういう文化的背景、宗教的背景があるのか、よく知らない部分がありますので、それを知る意味でも、聖書をよく読んでおく必要があるでしょう。

聖書の物語を根拠に、自分たちが今やっていること、特に相手を攻撃することを正当化してはならないでしょう。時代状況もまわりの国との関係も全く違います。私は、ここでも大きな問いを突き付けられている気がしてなりません。どうすれば、違った人、違った民族が共に歩むことができるかを模索していかなければならない時代に生きていることを知らなければならないと思います。

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