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大地のリズムと歌-ブラジル通信1 「WCC世界宣教と伝道会議における悔い改めの礼拝」

さて今回は、1996年11月24日から12月3日まで、ブラジル東北地方の玄関、サルバドールで開かれたWCC(世界教会協議会)の「世界宣教と伝道」会議について、その中でも特に11月30日にまもられた特別礼拝について記したい。

今回の会議は、「一つの希望に召されて-諸文化における福音」というテーマのもと、八十数カ国から638人の参加者が集まり、福音と文化の関係について、特にマイノリティーの視点から見つめ直し、共通理解に立つことをめざした。

この日の早朝、私たちはバスに乗り込み、ウニャーン邸と呼ばれる海岸の古屋敷に大移動した。ここは、1550年以来、300年以上にわたって600万人から1200万人ものアフリカ人が、奴隷として引き上げられた波止場である。約40パーセントの人々が船内で死亡し、波止場に到着した時にも、ある者は逃亡を試み、ある者は自ら海に身を投げたと言う。最後に残った人々が「船荷」となり、この屋敷に運ばれ、年齢、健康状態、体格によって分類された。屋敷の敷地内には、奴隷たちに集団洗礼を授けた荘厳なチャペルもある。私たちは、彼らの通った跡をたどり、静かに波止場に戻った。


(奴隷たちが連れてこられた波止場。ソラール・ド・ウニャーン)

「この海の水が奴隷たちをアフリカからブラジルへ運びました。この海は彼らの涙が集まったものです。この塩水を味わい、あなたの顔をこの水につけ、塩が乾くのを感じ、強制労働の汗と彼らの味わった悲嘆を思い起こしてください。」

「親から引き離された子どもたち、分かれた妻と夫、《物》とされたことによるアイデンティティーの喪失、あらゆる人間性の失墜、それらが私たちの向き合わねばならなかった現実でした。彼らの子孫は、今も私たちと共にいます。彼らは、今私たちがいるこの街の人口の60パーセント以上を占めています。」

「ただ目を上げて、彼らを見てください。彼らの存在は、彼らの悲劇の理由が私たちのうちにもあることを思い起こさせてくれる、抵抗のしるしです。不正な経済秩序の犠牲者は、今日世界中で、何百万人にものぼっています。」

礼拝は、波止場から大西洋に向かってなされ、はるか彼方のアフリカの海岸を思い起こしつつ、黒人霊歌「深い川」を歌って始められた。

「誰かが投げ倒され、奴隷にされ、主人の利益のためになす卑しい仕事以外には、何も顧みられない時、また私たちがそれを遠くからただ傍観している時、主よ、あわれみたまえ。キリストよ、あわれみたまえ。/わたしたちも不正な構造の一部になっていることを認めようとしない時、主よあわれみたまえ……/避難所を求めてくる彼らに、私たちが教会の門を閉ざす時、主よあわれみたまえ……。」

これらの罪の告白の後、WCC議長団の一人であるカメルーン長老教会のA.トーレン氏は、こう語った。「アフリカ人兄弟姉妹、私たちは今悔い改めの言葉を聞きました。……しかし、私たちアフリカ人にも責任があります。私たちは兄弟姉妹を売り渡すことによって、自分たちの品位を堕落させたのです。」

ガーナ長老教会のJ.ネシボウ氏はリベリアのE.S.ムルパー氏と共に、擦り減ったオレンジ色のレンガを持ち上げて、語った。「これは、涙の石です。これはガーナのケープコースト城の外壁、奴隷たちがアメリカに向けて積み込まれた場所からもって来られました。この石が私たちの深い魂にとって何を意味するか、どんな言葉も表現できません。この石を二度とこうした過ちを繰り返さないための記念としましょう。」レンガはブラジルのエキュメニカル組織CESEのディレクター、E.S.ローシャ氏に手渡され、黙ったまま、彼らは抱き合った。


(アフリカ、ガーナの奴隷積出港からブラジルサルバドールの奴隷引き上げ港へレンガが運ばれてきた。)

罪のゆるしの言葉が語られると、赤と黄色と緑のリボンが配られ、近くの人々の手首に巻きあった。「ここサルバドールでは、リボンは堅い友情のしるしとして結ばれます。誰かがあなたの手首に結ぶと、擦り切れるまでそのままおいておくのです。」

パーカッションだけのアフロ・ブラジル音楽「オロドゥン」が静かに始まった。演奏するのは、サルバドールの元ストリートチルドレンのグループである。
「この音は何だ。」「死ぬことを拒否した文化の音だ。」


(記念礼拝でアフロブラジルのパーカッション(オロドゥン)を披露する元ストリートチルドレンの子供たち)

突然、音が爆発する。「この力強さは何だ。」「それはダイナミックな人々から来る力強さ。」「新しい共同体を形成する人々のレジスタンス。」圧倒的な激しい太鼓の音が私たちを包み込んだ。

最後にブラジルの讃美歌「新しい時をめざし」(『讃美歌21』収録)を歌いつつ、手を取り合って踊った。和解と希望は、想起と悔い改めから来ることを、感動をもって経験させられる礼拝であった。

(『福音と世界』2月号、1997年1月)

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