「教会のひととき」(2026年7月)
こんにちは、鹿児島加治屋町教会の希望のダイヤルです。
先日の日曜日の礼拝で、
「あなたがたは皆、イエス・キリストにあって一つ」 (ガラテヤの信徒への手紙3章28節)
の御言葉が語られましたが、私にはその言葉がとても心に残りました。
私たちは日々の生活の中で、誰かの言葉に傷ついたり、人からの評価や期待に縛られて苦しくなったりすることがあります。
「心穏やかに、周りの人に優しくできる私でいたい」 そんな素直な思いを抱いて教会に来ても、今度は「もっと信仰を深めなければ」「ちゃんとしていなければ」と、自分で自分を追い込んでしまうことがあります。
そして、信仰の強い人と自分を比べて、「まだ未熟だ」と落ち込んでしまうのです。 日曜日の説教では、信仰は、自分で頑張って作り出すものではなく、キリストと共に、恵みとして与えられるものだと語られていました。
その言葉を聞いて、とても心が軽くなりました。
所用で礼拝に行けない日曜日が続いた後でしたので、久しぶりに教会の席に静かに腰を下ろした時、自分を支配していた不安や重たい思いから、少しずつ解放されていくことを感じました。
乱れていた心が整理され、 「そのままのあなたでよい」と、神様に受け止めてもらえているような安心感に満たされました。
聖書のマタイによる福音書11章28節に、 このような言葉があります。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイによる福音書11章28節)
礼拝は、疲れた心を整え、もう一度「今ここから」新しい気持ちで歩き出す力をいただく時間です。 そして、その時々の私たちに必要な御言葉によって、もう一度、自分自身を見つめ直させていただける大切な時間なのだと、改めて感じました。
鹿児島加治屋町教会では、毎日曜日、午前9時からの子どもを中心とした家族礼拝と午前10時30分からの主日礼拝の、2回礼拝を守っております。「希望のダイヤル」をお聞きくださり、ありがとうございました。