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2024年7月21日説教「栄 光」松本敏之牧師

出エジプト記39章32~43節、40章28~38節
コリントの信徒への手紙一3章10~17節

(1)出エジプト記を振り返って

出エジプト記を4年半にわたって、少しずつ読み進めてきましたが、いよいよ今日で最後です。モーセの誕生に始まり、イスラエルの奴隷の子として生まれながら、エジプトの王女の養子として育てられるというモーセの不思議な運命と生い立ち。奴隷が虐げられるのを見過ごしにできず、かばってやり、エジプト人を殺してしまう。モーセは、ミディアンの地に逃げ、そこで妻となるツィッポラと出会い、しゅうとエトロと出会いました。そのまま一生をミディアンの地で過ごせればと思っていたモーセを、主なる神は、エジプトへと呼び戻しました。イスラエルの民をエジプトの地から導き出すためです。モーセは、ようやく重い腰をあげ、この神様の大切な役割のために立ち上がったのでした。

しかしエジプトの王ファラオも、やすやすと去らせてはくれません。モーセは神様の力によって、ナイル川の水を血に変えたり、蛙やぶよ、ばったの大群を呼び出したりして、またさらに暗闇を送ったりします。さまざまな災いによって、ファラオに圧力をかけます。ファラオは、何度も「もう出て行ってもよい。出て行け」と言うのですが、翌日になると、言葉を翻して、彼らを去らせることはいたしませんでした。

ついに神様は最後の災いの計画をモーセに告げます。それはエジプト中のすべての初子(人も動物も)を打つというものでした。しかし、家の入り口、二本の柱と鴨居に犠牲の小羊の血を塗った家だけは、「災いを過ぎ越す」というお告げがあり、その通りになります。

「その夜、私はエジプトの地を行き巡り、人から家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。私は主である。あなたがたがいる家の血は、あなたがたのしるしとなる。私はその血を見て、あなたがたのいる所を過ぎ越す。こうして、エジプトの地を私が打つとき、滅ぼす者の災いはあなたがたには及ばない。この日は、あなたがたの記念となる。」12:12~14

(2)過越しから1年後

これがイスラエルの民の原体験となりました。過越し、そして出エジプト。この出発を、第一年の一月一日として数えるようになりました。

今日の聖書箇所、40章の17節に、「第二年の第一の月の一日に、幕屋が建てられた」とあります。つまり2年目の1月1日、この日に幕屋が建てられたというのです。あの過越しの出来事からまだ1年しか経っていなかったということが、ここから分かります。私の説教自体がもっと時間をかけて行ってきましたので、何かもう随分日が経ったように思えるかも知れませんが、聖書の記述によれば、過越しの出来事からちょうど1年経った日に幕屋が建てられたということであります。

もっとも1月1日と言っても、今日の私たちの暦とは違います。むしろ、これはイースターと関係があります。イースターは、イエス・キリストの十字架と復活が、この過越祭の時に起きたということから、毎年春分の日の次の満月の次の日曜日と定められています。

そのルーツをたどってみますと、イエス・キリストの十字架も、出エジプトの過越しにちなんだものです。私たちの信仰の物語が、すでにここから始まっているのです。出発してから1年が経ち、幕屋が完成した。これでようやく荒れ野の40年の旅支度が完全に整ったといってもよいでしょう。

エジプトを脱出した民は、ここに至るまでもさまざまな苦労と経験をしました。荒れ野で、飢えと空腹にも悩まされましたが、神様がマナという不思議な食べ物と、また岩の間から水を与えられました。

幕屋建設の指示は、モーセがシナイ山で神様から十戒とその他の律法をいただいた直後に行われました。

そして今、その指示通りに幕屋が建設されていくのです。これまでは、雲の柱、火の柱がイスラエルの民を導きましたが、ここから先は、幕屋が、神様が共におられるしるしとなります。ですから、この幕屋建設の命令と実行は、出エジプト記の締めくくりであり、同時にひとつの頂点であり、ひとつの出発点と言えるかもしれません。彼らはそれを忠実に仕上げていったのです。

私たちからすれば、どうしてこんなに煩瑣なことまで記しているのかと思ってしまいますが、そこには彼らの執念とでも言えるような思い、「ひとつも落としてはならない。間違えてはならない」という思いが込められているのです。

(3)幕屋の祭具の製作(36~39章)

前回は35章から36章7節までを扱い、イスラエルの民が心から進んで、喜んでささげものをしたということを、共に読みました。どんどん、みんなの献げものが集まってきまして、モーセが「これで十分。ストップ」というまで集まりました。

いよいよ作業が始まっていきます。聖書協会共同訳では、細かいタイトルはなくなりましたが、新共同訳聖書では細かいタイトルがついていました。そのタイトルを参考に、作業の順を追ってみましょう。「幕屋を覆う幕」(36:8~19)、「幕屋の壁板と横木」(36:20~34)、「至聖所の垂れ幕と天幕の入り口の幕」(36:35~38)、「掟の箱」(37:1~5)、「贖いの座」(37:6~9)、「机(台)」(37:10~16)、「燭台」(37:17~24)、「香をたく祭壇」(37:25~29)、「祭壇」(38:1~8)、「幕屋を囲む庭」(38:9~20)と続きます。39章は、アロンの祭服の製作ですが、「エフォド(祭儀用の華麗な衣服)」(39:2~7)、「胸当て」(39:8~21)、「上着」(39:22~26)、「その他の衣服」(39:27~31)と、さらに細かく記されています。そのようにして、幕屋建設の準備が完了しました。

(4)命令、実行、祝福

今日は、その続きである39章32節以下を読んでいただきました。

「幕屋、つまり会見の幕屋の建設はすべて完了した。イスラエルの人々は、すべて主がモーセに命じられたとおりに行った。」39:2

「すべて主がモーセに命じられたとおりに行った。」これが、今日の箇所のキーワードです。

この言葉に続けて、何を製作したかが事細かく繰り返して紹介され、42節で、再びこう記されるのです。

「イスラエルの人々は、主がモーセに命じられたとおりに、すべての作業を行った。モーセがすべての仕事を見ると、主が命じられたとおりに彼らが行っていたので、モーセは彼らを祝福した。」39:42~43

神様の命令が語られる。その言葉のとおりに実現される。そしてそれが祝福される。この三つの段階は、天地創造を思い起こさせるものではないでしょうか。

「神は造ったすべてのものをご覧になった。それは極めて良かった。」創世記1:31

神の会見の幕屋は、この天地創造のあの壮大な世界を映し出すものと見られていました。この幕屋で行われた礼拝というのは、天地創造のはじめの世界を望み見ながら、そこにおける神の祝福を身に受けて、そして現実の中を生き抜く力を得るものであったからです。それは、今日の私たちの礼拝にも通じるものでしょう。神様の創られた世界を仰ぎ見ながら、そこで祝福を新たに受けて、現実の中を生き抜く力をいただくのです。

(5)主が命じられたとおりであった

さて、それでいよいよ最後の40章へと進んでいきます。「幕屋の建設」と題されています。材料がすべてそろったので、いよいよこれから組み立てられるのです。最初の1~15節はモーセに対する神様の命令であり、16~33節はモーセによって、それが実行されたという報告です。

16節には、こう記されています。

「モーセは、すべて主が命じられたとおりに行った。」40:16

これをつなぎとして、17節以下に、「これこれをした」ということが出てくるのですが、それぞれのフレーズの最後に同じ言葉が出てきます。まず19節、「主がモーセに命じられたとおりであった。」次いで21節、「主がモーセに命じられたとおりであった。」23節、「主がモーセに命じられたとおりであった。」25節にも、27節にも、29節にも、31節にも同じ言葉が出てきます。「主がモーセに命じられたとおりであった。」これがキーワードです。

一つ作業が進むごとに、「主がモーセに命じられたとおりであった」という同じ言葉が繰り返されるのです。全部で7回。これは、すべては主の命令に寸分違わず行われたということの表現です。これもまた天地創造が7日間の神の言葉とそのとおりにできあがっていったということを思い起こさせるものでしょう。

そして33節、

「幕屋と祭壇の周りに庭を設け、庭の門に仕切り幕を掛けて、モーセはその仕事を終えた。」40:33

モーセは、ここでその大きな事業を完了したのです。

(6)十字架で「成し遂げられた」

「モーセはこうして、その仕事を終えた」という記述は、天地創造の他に、もう一つ大事なことを思い起こさせてくれるものであります。それはイエス・キリストの十字架です。イエス・キリストは十字架にかけられることを、神様の仕事の完成として受け止めておられました。そして事実、その通りでありました。

ヨハネ福音書は、こう記します。

「この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。」ヨハネ19:28

「イエスは、この酢を受けると、『成し遂げられた』と言い、頭を垂れて息を引き取られた。」ヨハネ19:30

天地が創られた。モーセは、それを思い起こしながら、自分に課せられた大事な使命、幕屋の建設を全ういたしました。そしてそれは、イエス・キリストの十字架の上での「成し遂げられた」という言葉につながっていくのではないか、と私は思うのです。

(7)イエス・キリストという土台

先ほどはコリントの信徒への手紙一3章10節以下を読んでいただきました。

「私は、神からいただいた恵みによって、賢い建築家のように、土台を据えました。そして、他の人がその上に建物を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。イエス・キリストというすでに据えられている土台のほかに、誰も他の土台を据えることはできないからです。」コリント一3:10~11

私たちは、イエス・キリストを土台として建てられる神の建物です。その土台とは、あの十字架によってすでに「成し遂げられた」、「完成した」ものです。堅い、確実なものです。あとは、私たち自身が、いかに自分自身の建物をその上に建てていくかです。個人個人の歩みだけではなくて、教会の歩みもそうでありましょう。

(8)その後のモーセの旅

さて、出エジプト記の終わりに、このように記されています。

「会見の幕屋を雲が覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。モーセは、会見の幕屋に入ることができなかった。その上に雲がとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。イスラエルの人々はいつも、雲が幕屋の上から離れて昇ると、旅立ち、雲が昇らないと、昇る日まで旅立たなかった。旅路にある間、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火があるのを、イスラエルの家は皆、目にしていたからである。」40:34~38

幕屋と共に旅をするイスラエルの民の間に臨在する神様のあり様がこのような形で表現されているのです。それは、かつて彼らがエジプト軍に追い立てられて荒れ野を歩んだ時に彼らを導いた雲の柱、火の柱を思い起こさせるものでした(13:21~22)。

この時のことをもう少し詳しく、そしてその旅の続きについても記しているのが、民数記9章15節以下です。

「幕屋を建てた日、証しの天幕である幕屋を雲が覆った。それは夕方になると幕屋を包む火のように見え、朝まで続いた。常にそのようにあって、雲は幕屋を覆い、夜は火のように見えた。雲が天幕から離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は進み、雲が一つの場所にとどまると、イスラエルの人々はそこに宿営した。イスラエルの人々は主の命によって進み、主の命によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営し続けた。雲が何日もの間、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主への務めを守り、進まなかった。雲が幕屋の上に数日の間しかとどまらないこともあったが、彼らは主の命によって宿営し、主の命によって進んだ。雲が夕方から朝までとどまるときも、朝になって雲が昇れば、彼らは進んだ。昼であれ、夜であれ、雲が昇れば、彼らは進んだ。二日でも、一か月でも、何日でも、雲が幕屋の上にあって、その上にとどまり続けるかぎり、イスラエルの人々は宿営したまま、進まなかった。雲が昇れば、彼らは進んだ。彼らは主の命によって宿営し、主の命によって進み、モーセを通して示された主の命によって主への務めを守った。」民数記9:15~23

このようにして40年が過ぎていくのです。彼らの旅には、「しるし」が与えられていたのです。このしるし、導きによって、彼らは旅を続けることができました。レビ記、民数記、申命記と続きまして、モーセの旅は、申命記の途中で終わります。約束の地カナンを目指しながら、そこに入ることは許されませんでした。ネボ山の上から、約束の地カナンをはるかに仰ぎ見ながら、死んでいきます。そのようにモーセの生涯は大きな業をなしたものでしたけれども、約束の地に導くという大事業は、モーセで完結するものではありませんでした。モーセは、イエス・キリストをはるかに仰ぎ見て、その途上で、神様の御手に委ねた、ということもできるかもしれません。

私たちの人生もしばしば、旅にたとえられます。実際に旅のような人生を送る人もあります。また同じところにい続ける人であっても、やはりこの世の旅路を生き抜くのです。私たちは、この鹿児島にあって、またそれぞれの場所にあって、確かなキリストの土台の上に自分を築きながら、道しるべを見て、旅を続けていきましょう。

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