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2025年6月15日説教「たとえ信じられなくても」松本敏之牧師

出エジプト記34章5~9節
マルコによる福音書9章14~29節

(1)山の上から下りてくる主イエス

この度、30人くらいの牧師たちでマルコ福音書の共同の説教集を出すということになりました。一人二つずつということで、私にも声がかかりました。私に割り振られた聖書箇所の一つが先ほど読んでいただいた、マルコ福音書の9章14節以下です。その準備の一環として、本日はその箇所からみ言葉を聞いていくことにいたしました。もう一箇所については、7月13日に取り上げたいと思います。

さて、先ほど読んでいただいた箇所の直前にあるのは、イエス・キリストの姿が真っ白に輝いたという、山上の変容と呼ばれる話であります。イエス・キリストは、山の上にペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人の弟子たちを連れて行っておられました。イエス・キリストと3人の弟子たち、その4人が山から下りてきます。

「一同がほかの弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。」マルコ9:14

山の上でイエス・キリストの姿が真っ白に輝いたというのは、復活の前触れとも言える、栄光の姿でありました。栄光のイエス・キリストは山の上こそが住まいとして似つかわしいお方です。それに対して、山の下は、人間の問題が満ちあふれた世界です。悲惨な現実があり、人々のいがみあう世界です。不信仰がうずまく世界です。イエス・キリストご自身が、「なんと不信仰な時代なのか」(19節)と嘆いておられるとおりです。

しかしイエス・キリストは、山の上に留まらず、山から下りて来られるのです。それは、イエス・キリストがふるさとである天に留まっていないで、私たちの住む地上世界に降りて来てくださったこと、つまりクリスマスの出来事を指示しているようです。群衆は皆、イエス・キリストを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て、挨拶いたしました(15節)。

(2)なんと不信仰な時代なのか

イエス・キリストが「何を議論しているのか」とお尋ねになると、群衆の一人がこう答えます。

「先生、息子をおそばに連れて参りました。この子は霊に取りつかれて、ものが言えません。霊がこの子を襲うと、所構わず引き倒すのです。すると、この子は泡を吹き、歯ぎしりをして体をこわばらせてしまいます。」マルコ9:18

この息子の命は、父親にとってかけがえのないものであったに違いありません。その子の苦しみは、同時に父親の苦しみでもあったことでしょう。

「この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」マルコ9:18

イエス・キリストの一行が山から下りて来る前に、すでに弟子たちが汚れた霊を追い出そうと試みていたのです。しかしできなかった。筆頭格のペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人の弟子は、山の上に同行していましたから、それ以外の弟子たちが試みたのでしょう。

イエス・キリストは弟子たちを呼び集め、派遣されるにあたって、このように言われていました。

「イエスは12人を呼び寄せ、二人ずつ遣わすことにされた。その際、汚れた霊を追い出す権能を授け(られた)。」マルコ6:7

悪霊払いは弟子たちの重要な仕事であったということがわかります。しかし彼らには、それができなかったというのです。イエス・キリストは、「なんと不信仰な時代なのか。いつまで私はあなたがたと共にいられようか。いつまであなたがたに我慢しなければならないのか」(19節)と嘆かれます。

この言葉は、一体だれに向けられているのか、はっきりしないところがあります。「信仰のない〈時代〉」と言っておられるので、弟子たちの不信仰だけではないのでしょう。

(3)弟子たちの不信仰

イエス・キリストがこの子をいやされた後で、弟子たちがひそかに「なぜ、私たちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねています。この時の弟子たちの気持ちをよく表していると思います。弟子としての面目丸つぶれです。恥ずかしい失敗経験です。「一生懸命やりましたが、どうも先生のようなわけにはいきません。」

弟子たちの問いに対して、イエス・キリストは、「この種のものは、祈りによらなければ追い出すことはできないのだ」と答えられました。

ですから、「不信仰(信仰のなさ)」は、第一義的には、やはり弟子たちに向けられているのでしょう。弟子たちの不信仰とは、何だったのでしょうか。修行を積むように、信仰の訓練を重ねていけば、やがて悪霊をも追い出せるようになれる、ということでしょうか。魔法使いの弟子が魔法を学ぶようなものでしょうか。あるいは医者の卵が治療法を習うようなものでしょうか。

私は、むしろ逆に、ここには弟子たちであったからこそ陥った落とし穴があったのではないかと思うのです。「『信仰』という名の『不信仰』」とでも言えばよいでしょうか。「自分たちは信仰をもっているのだから、これくらいのことはできるだろう」という思いです。ところが信仰というのは、そういうものではありません。自立するということはない。逆説的な言い方をすれば、自立すると思った瞬間に、それはすでに信仰ではなくなっているのです。

どんなに信仰の訓練を積み重ねても、魔法を取得するように、私たちが奇跡を起こせるようになるわけではありません。この時の弟子たちの無力な姿は、同時に私たち今日のクリスチャンの姿でもあろうかと思います。「信仰をもっていても、こんなこともできないのか。」そうした批判的な訴えにさらされることもあります。批判だけではありません。自分がクリスチャンであることを知って、あるいは牧師であることを知って、真剣に助けを求めて来る人もあります。何を頼ってよいかわからず、わらをもすがるような感じで、自分のところへやって来られた。しかし何もしてあげられない。自分の無力を痛感するのです。牧師としては、特にそういう経験をすることが多いものです。信徒の方でもそういう経験があるのではないでしょうか。しかしそれを認めつつ、イエス・キリストから自立するのではなく、一緒に「先生、何とかしてください」と、イエス・キリストに絶えず帰っていくことが求められるのでしょう。

(4)父親の不信仰

この父親の不信仰も問われたのかもしれません。主イエスの「いつからこうなったのか」という問いかけに対して、父親はこう答えています。

「幼い時からです。霊は息子を滅ぼそうとして、何度も息子を火の中や水の中に投げ込みました。もしできますなら、私どもを憐れんでお助けください。」マルコ9:21~22

それに対して、主イエスはこう言われるのです。

「『もしできるなら』と言うのか。信じる者には何でもできる。」マルコ9:23

この父親も、息子がいやされるとは信じていなかったのではなかったでしょうか。それが「もしできますなら」という言葉にあらわれています。主イエスは、その不信仰を問われたのです。しかし父親は、即座に、自分の不信仰をも、主イエスに明け渡し、こう応答しました。

「信じます。信仰のない私をお助けください。」マルコ6:24

この父親は、それでも信じられなかったかもしれません。しかし「信じます」と言いました。信じられるかどうか、というのは、いわば状態です。でも「信じます」というのは決意表明です。私は、たとえ信じられなかったとしても、「信じます」という祈って委ねるということが大事なのではないかと思うのです。

この段落の最後に、イエス・キリストの「この種のものは、祈りによらなければ追い出すことができない」(29節)という言葉があります。この言葉は、別に有力な写本があります。それは「祈りによらなければ」というところが「祈りと断食によらなければ」となっているようです。聖書を書き写していた人(写本家)が、そうは言っても、「治らないこともあるよな」と思って、少し癒しのハードルをあげたのかなと思います。自分たちの先生でもいやせない、となると、祈りが足りないということになってしまう。そういうことを避けたかったのかもしれません。写本家にとってもつまずきであったのでしょう。

今日の私たちにとっても、そうでしょう。だから「不信仰な時代」だということになろうかと思います。しかし、私たちも今一度神様に全幅の信頼をおいて祈ることが大事なのではないでしょうか。

(5)私の苦い経験

この問答は、私には、小さな苦い思い出があります。神学校(東京神学大学大学院)の入学面接の日のことです。入学志願者は、事前に「自分自身の召命」についての証しのような文章を提出するのですが、私は、その中に、「これまで勉強してきた神学を続けて学びたい。そしてできれば牧師として立ちたい」というようなことを書いていました。私は、神学校に入る前に、立教大学のキリスト教学科で、神学の学びをしていたので、そのような書き方をしたのです。ところがそこを突っ込まれました。「『できれば牧師として立ちたい』というのは、どういう意味ですか。」総合大学の神学部であれば、そういうことでも入れてくれたかもしれませんが、東神大は厳しいのです。あわてて、「いやそれはいくら本人が望んでも、最後には神様がお決めになることですから」というような苦しい言い訳をしました。すると、その時の面接官の一人が(あとで船水衛司先生と、知りました)、「そうですか。それでは、今日、家に帰ってマルコ福音書の9章をよく読んできてください」と言われました。私は家に帰るまでもなく、廊下に出て、すぐに聖書を開いて、マルコ福音書の9章を開きました。そうすると、この言葉が書いてあったのです。当時の口語訳聖書です。

「『もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんな事でもできる』。その子の父親はすぐ叫んで言った、『信じます。不信仰なわたしを、お助けください』」マルコ9:23~24 口語訳

「まいりました」という感じでした。私たちの信仰とは、その程度のもの。この父親のそういう疑いというものを、イエス様は見抜いておられたのではないかと思います。

(6)群衆の不信仰

さらに、この出来事に際しては大勢の群衆が見守っていました。しかし彼らにとっては、この子どもの病気のことなどどうでもよかったのではないでしょうか。ただイエス・キリストの奇跡を見たい。その力を見たい。ショーのようなものです。無責任で、自分勝手です。そのような信仰です。それも含めて、「なんと不信仰な時代なのか」と言われたのではないでしょうか。

15節に、「群衆は皆、イエス・キリストを見つけて非常に驚き、駆け寄って来て、挨拶した」とありました。しかし彼らの出迎え方というのは、最初から、自分本意、興味本位ではなかったでしょうか。

私は、この情景から、世間のクリスマス、特に日本の巷のクリスマスのことを思いました。ただのお祭り騒ぎのようなクリスマスがいかに多いことでしょうか。信仰とは、全く関係がない。クリスマスの深い意味を知ろうともしない。願い事をするにしても、自分勝手な願いがいかに多いことでしょう。主イエスにしてみれば、自分の誕生日を用いて、全く関係のない祝いをしている。「なんと不信仰な時代なのか」ということになるかもしれません。

しかし私は、そのようなクリスマスでも意味があると思うのです。そのような不信仰な時代、不信仰な世界であるがゆえに、クリスマスは貴いのです。この時も、イエス様は「なんと不信仰な時代なのか」とおっしゃって、立ち去られたわけではありませんでした。これは、捨てゼリフではなかったのです。その言葉に続けて、こう言われるのです。

「いつまで私はあなたがたと共にいられようか。いつまであなたがたに我慢しなければならないのか。その子を私のところに連れて来なさい。」マルコ9:19

そのやり取りの途中でも、汚れた霊は、その子に痙攣を起こさせます。主イエスは汚れた霊を叱り、その子どもをいやしてあげるのです。つまり叱責しながらも、見捨てるのではなく、共に居続けてくださる。「いつまで私は、あなたがたと共にいられようか。いつまであなたがたに我慢しなければならないのか」と言いながら、我慢し続け、共に居続けてくださるのです。そして大きな業をなしてくださるのです。

(7)我慢し続ける

ここで「我慢する」と訳された言葉は、もともとは「上げた手を支え続ける」という表現だそうです。「上げた手を支え続ける」のは大変なことです。

出エジプト記17章8節以下に、イスラエルとアマレクの戦いのことが記されています。モーセは、神の杖を手に持って、アロンとフルと共に「丘の頂に立つ」のです。山の上でモーセが手を上げている間は、イスラエルが優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になりました。だからモーセは手を下ろすわけにはいかない。しかしモーセの手が重くなってきます。必死で我慢するのですが、もう持ちこたえられません。ついにアロンとフルが、モーセの両側に立って、モーセの手を支えることになりました。

「モーセの両手が重くなったので、彼らは、石を運んで来てモーセのもとに据えた。モーセはその上に座った。アロンとフルはモーセの手をそれぞれ両側から支えた。モーセの手は日が沈むまでしっかりと支えられていた。」出エジプト17:12

それでようやく、イスラエルがアマレクに勝つのです。

私はまた、イエス・キリストの十字架を思い起こします。イエス・キリストは十字架の上で両手を広げて、死ぬまでそれを下ろさずに支え続けられました。イエス・キリストの両腕を支えたのは、アロンとフルではなく、ペトロとヨハネでもなく、両側にいた強盗たちでもありません。手のひらに打ち込まれた大きな釘でありました。いつまで我慢できようか。いつまでこの手を支え続けられようか。イエス・キリストは、死に至るまで、それを支え続けてくださいました。

イエス・キリストのひとつひとつの業、ひとつひとつの言葉には、イエス・キリストの命がかかっているのです。

イエス・キリストは、私たちと共にいるために、この世界へ来てくださいました。それがクリスマスです。それは、主の天使がマリアの夫ヨセフに語ったとおりです。

「『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。』
これは『神は私たちと共におられる』という意味である。」マタイ1:23

そしてまた、マタイ福音書の最後のところで、「私は、世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)と約束してくださいました。「いつまであなたがたと共におられようか。いつまで我慢しなければならないのか」と言いつつ、最後の時まで、いっしょにいてくださる。そのことを思い起こし、心に留め、そして私たちも「信じます」という信仰の告白をできるような者になりたいと思います。

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