2025年3月9日説教「ニネベの悔い改め」松本敏之牧師
ヨナ書3:1~10
マタイによる福音書12:39~41
(1)消火礼拝
先週の水曜日、3月5日から受難節(レント)に入りました。受難節の最初の日は、灰の水曜日と言います。この日から、日曜日を除く40日間が受難節です。受難節にあっても、日曜日だけはキリストの復活を祝う日として除かれているのです。その点で、受難節第1主日というのは、言葉の矛盾とも言えます。それで今年は、新しい教会暦の呼び方で、復活前第何主日という呼び方を並行して用いることにしました。新しいと言っても、1970年代頃からすでに用いられている呼び方ではあります。
この呼び方を用いることにした理由の一つに、今年、私が鹿児島加治屋町教会に赴任してからは初めてとなりますが、レントの期間の消火礼拝をすることにしたことがあります。前任の飯田輝明牧師の時代に、家族礼拝のほうで消火礼拝をしていたと聞いています。小園豊さんが消火礼拝用のキャンドル台を作成してくださっていました。これを眠らせておくのはもったいないということもあって、再開することとしました。
レントの期間に、日曜日は6回ありますが、消火礼拝というのは、最初は6つのキャンドルに灯をともしておいて、それを毎週、一つずつ、キャンドルの灯を消していくのです。最後の棕櫚の主日には、すべての灯を消すことになります。そして受難週を経て、イースターには、すべてのキャンドルに再び灯をともすことになろうかと思います。クリスマスを待ちのぞむアドベントには一つずつキャンドルに灯をともしていきますが、それと対比的になっているのです。
毎週違う言葉を述べながら、灯を消していくこともありますが、今年はそこまで準備ができませんでしたので、毎週、「イエス・キリストの苦しみを覚えながら、第一の灯を消します」というような言葉を述べながら消していくことになります。
(2)ヨナ書のこれまでのあらすじ
さて、1月の鹿児島加治屋町教会独自の聖書日課にヨナ書があったことから、ヨナ書を少しずつ取り上げてきました。今日は3回目で第3章です。この第3章は、受難節に読むのに、まことにふさわしい箇所です。
さて第1章において、ヨナは神様からこういうふうに言われました。
「立って、あの大いなる都ニネベに行き、人々に向かって呼びかけよ。彼らの悪が私の前に上って来たからだ。」ヨナ1:2
しかし、ヨナはこの命令に従わず、ニネベとは反対方向であるタルシシュ行きの船に乗り込んだのでした。しかし神様は、ヨナが逃げるのをよしとせず、大嵐を起こします。船の人々は、必死になって水をかき出そうとしましたが、できませんでしたし、嵐のほうも、一向に収まる気配がありません。「誰のせいでこんな目に遭っているのか、くじで神様のみ旨を尋ねよう」とくじを引いたところ、ヨナに当たりました。ヨナは、自分が主の御顔を避けて逃亡したことを、船にいた人々に伝えました。そして、「私を海に投げ込んでください。そうすれば、海は静まるでしょう」と言います。人々は、ヨナの言うとおりにすると、確かに嵐はやみました。海に投げ出されたヨナは、魚に呑み込まれます。
「主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませたので、ヨナは三日三晩その魚の腹の中にいた。」
これが先ほど読んでいただいたマタイ福音書12章39節以下の「ヨナのしるし」の元になった話です。ヨナは魚の腹の中から、祈りました。すると、神様はヨナの祈りを聞いてくださいました。主が魚に命じると、魚はヨナを陸地に吐き出しました。そこまでが第2章です。
(3)ヨナが語ったニネベの町への「宣告」
さて、本日の第3章ですが、神様は再び、ヨナをニネベに遣わされます。
「さあ、立って、あの大いなる都ニネベに行き、私があなたに語る宣告を告げよ。」ヨナ3:2
ヨナは、今度こそ、神様の言葉に従って、ニネベに向かいました。「ニネベは非常に大きく、一回りするのに三日かかった」とあります。現代の町の感覚からすれば、大した大きさではないようにも思えますが、放送も何もない時代に、一人の預言者に任せられた範囲ということではかなり大きかったのでしょう。ヨナはまず都に入り、一日かけて歩いて、短い一言だけを語りました。それは「あと四十日で、ニネベは滅びる」(3:4)という言葉でした。それが神様からヨナに託された言葉でした。「だから、そうならないように悔い改めなさい」ということを付け加えることもありませんでした。それは悔い改めの呼びかけではなく、裁きの宣告でした。2節の神様の言葉も「私があなたに語る宣告を告げよ」となっていました。悔い改めの呼びかけではありませんでした。悔い改めを呼びかけるには、もう遅すぎると思われたのでしょうか。ヨナにもそのように思えました。これはヨナにとっても好都合でした。とても短い宣告です。大きな町を回っていくには、それを言い放つ位しかできなかったでしょうし、ヨナ自身も、こんな町は滅びて当然だという思いがあったように思います。それは4章まで読むときにわかるのです。
しかし神様にとっては果たしてそうであったでしょうか。ヨナを用いて宣告を告げるには、ヨナも納得の行く宣言でなければならなかったでしょう。悔い改めを呼びかけて、悔い改めを促していると、時間が足りませんし、ヨナ自身の中にも迷いが生じるかもしれません。
ただ「あと四十日で、ニネベは滅びる」という宣告だけにしたのは、ヨナが納得の行く言葉で、早く町を回らせるための方便ではなかったかと思うのです。というのは、ただ「滅びの宣言を告げるだけだとすれば、四十日という猶予期間はいらなかったでしょう。猶予期間を置かれたということは、やはりすぐに滅ぼすのではなく、ヨナと違って、悔い改めるかどうかを見ながら、心のどこかでそれを待たれたのだろうと思うのです。そして実際そうであったことがあとでわかるのです。
ちなみに「40日」という数字は、もともとは出エジプトの旅の荒野の40年に由来しています。そして、この後、新約聖書になると、イエス・キリストが宣教の初めに、40日40夜、断食をされたということにつながり、さらにそれが、私たちが教会暦のレントの40日間につながっていくことになります。
(4)断食、粗布、灰は、悔い改めのしるし
そしてニネベの人々は、その神様の内なる期待に見事にこたえることになります。それはヨナの思いを超えたところで起こるのです。ニネベの町で、自発的に悔い改めの呼びかけが始まるのです。「さあ、大変だ」ということになりました。
「すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、大きな者から小さな者に至るまで粗布をまとった。」ヨナ3:5
「断食をすること」は体と生活をもって悔い改めを実行に移す具体的な形です。ですから、現代でもしばしば行われます。幾つかの教派ではレントになると断食を行います。福音派の教会や、ホーリネス教会では行っておられることと思います。またすべて食事を断つのではなくも、何か好きなものをこの期間はやめる、がまんするというのはイエス様の苦しみを覚えるのには大事なことであるように思います。
ブラジルなど、かつてカトリックが国教であった国では、この期間は肉を食べないということが行われます。ですから、灰の水曜日に入る直前にカーニバルがあるのです。カーニバルというのは「謝肉祭」ということで、そこで思いっきりはじけて、思いっきり肉を食べるのです。でもレントに入ると、ぴたっとそれをやめるので、季節感はあります。レントの期間には魚を食べます。ブラジルでは、もともとヨーロッパのポルトガルの習慣であったようですが、バカリャウというたらの料理を食べます。(最初、ブラジルに行った時、それがバカヤローに聞こえました。)
それに「粗布をまとう」というのも、悔い改めのしるしでした。その悔い改めは、街中のすべての人たちに広がりました。「大きな者から小さな者まで動かす力は、ヤンマーディーゼル」ではなく、聖霊であったかもしれません。
その悔い改めの運動はついにニネベの王にまで達しました。
「このことがニネベの王に伝えられると、王は王座から立ち上がり、王衣を脱ぎ、粗布をまとい、灰の上に座った。」ヨナ3:6
「灰の上に座す」というのも、「自分は何者でもない。灰にすぎない者である」という人間の限界を示すしるし、そして悔い改めのしるしでありました。王自らがそう宣言をしたのです。ちなみに、「灰の水曜日」の「灰」も人間は塵灰にすぎないということを顕していて、カトリック教会では、この日、神父が信徒一人ひとりの額に、灰で十字のしるしをつける習慣があります。
そして「40日経ったら、ニネベは滅びる」という宣告が王にまで伝わりますと、今度は王自らが街中の人に悔い改めの呼びかけをしました。
「人も家畜も、牛、羊に至るまで、何一つ口にしてはならない。食べることも飲むこともしてはならない。人も家畜も粗布を身にまとい、ひたすら神に向かって叫び求めなさい。おのおの悪の道とその手の暴虐から離れなさい。」ヨナ3:7~8
牛や羊は、人間の悔い改めに巻き込まれて、ちょっとかわいそうな気もいたしますが、それだけ王の切迫感が伝わってきます。何とかして滅びを免れたいという思いがあったのでしょう。
(5)「神」「主」
「そうすれば、神は思い直され、その燃える怒りを収めて、我々は滅びを免れるかもしれない。」ヨナ3:9
この王の言葉ですが、注目すべきことが一つあります。それは、ここで使われている「神」という言葉です。5節にも「神を信じ」という言葉が出てきました。この神という言葉は、一般名詞の「神」(エロヒーム)という言葉です。
それは、1章1節や3章1節に「主の言葉がヨナに臨んだ」というフレーズの「主」というのとは別の言葉であります。「主の言葉」のほうは、もともとは「ヤハウェの言葉」という神様の名前が書かれています。「ヤハウェの言葉がヨナに臨んだ」というのです。ただ「ヤハウェの名前をむやみに呼んではならない」ということで、「ヤハウェ」という名前が出てきた時には、それを「主」という言葉に置き換える習慣があります。聖書を書き記した人たちは「ヤハウェ」という名前は畏れ多いので、「主の言葉」という、いわば一般名詞で記したのです。(「主は私の羊飼い」という有名な詩編23編も、元来は「ヤハウェは私の羊飼い」というふうに記されています。)
ヨナはイスラエルの預言者ですから、「ヤハウェ」の神様を知っています。そして、そのヤハウェの神から命じられて、異邦人の国アッシリアの都ニネベに遣わされているわけです。しかしニネベの人たちはヤハウェの神様を知りません。ですから「神は思い直され」という一般名詞で記されている。
この二つの表現を並べてみる時に、一つはヤハウェの神様はイスラエルを支配するだけではなく、全世界を支配される神であることがわかります。ただしイスラエルの神「ヤハウェ」を知らない人たちも、とにかく自分の知っている神様に悔い改めを求めて祈る時に、ヤハウェの神様はそれを聞き上げてくださるということです。
このことは私たちキリスト教に引き寄せるならば、こういうふうに言えるのではないかと思います。一つは、イエス・キリストは、イエス・キリストを知らない人たちの主でもあるということです。もう一つは、イエス・キリストを知らなくても、自分の知っている神様に向かって祈り、悔い改めをするならば、その祈りは聞き上げられるということではないかと思うのです。イエス・キリストは、イエス・キリストを知らない人の祈りをも、聞き上げくださるとのだと思います。
(6)神が思い直された
そしてここで奇跡のようなことが起きるのです。ニネベの人たちが、そしてニネベの町全体が悔い改めたこと自身がひとつの奇跡のようなことであったでしょう。
次に注目したいのは、10節の言葉です。
「神は、人々が悪の道を離れたことを御覧になり、彼らに下すと告げていた災いを思い直され、そうされなかった。」ヨナ3:10
ここは、神様が一旦決心なさったことを「思い直された」ということが記されている珍しい聖書箇所です。神様は、本当は滅ぼしたくない。そのことは、やがて4章を読むときに、私たちに伝わってきます。そこには、40日間の猶予を与えて、待っておられる神様の姿が記されるのです。そのことは、聖書の神様を知らない人たちであっても、そこで真剣に祈り、悔い改めて、立ち帰っていくならば、神様は重い直されることがある、ということを語っていると思います。