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M・L・キング説教・講演集『私には夢がある』(C.カーソン他編 梶原 寿監訳)

~私の出会ったこの一冊~

M・L・キング説教・講演集『私には夢がある』(C.カーソン他編 梶原 寿監訳)(新教出版社)
日本FEBC(キリスト教ラジオ放送)2003年12月24日夜、放送番組より 松本 敏之

このキング牧師の新しい説教・講演集は、二つの点で画期的なものです。一つは、非常に小さな本でありながら、彼の活動の全時期にわたっていることです。1955年のモンゴメリーのバス・ボイコット運動の始まりとなった演説から、1968年、彼が暗殺される前夜の、文字通り最後の演説まで含まれており、とにかくこの小さな一冊で彼の思想をたどることができます。もちろん、表題にもなっている1963年のワシントン大行進のクライマックスでなされた有名な「私には夢がある」という演説も含まれています。

もう一つの点は、厳選された11編の説教・講演ひとつひとつに対して、それぞれに最もふさわしい11人が解題を寄せていることです。バス・ボイコット運動の際の演説に対しては、ことの発端となった人物、バスの中で白人に席を譲らなかったローザ・ルイーズ・パークス夫人が文章を寄せていますし、オスロでのノーベル平和賞受賞講演に対しては、後に同じように非暴力抵抗運動を繰り広げて、ノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世が解題を書いています。

イラク戦争が行われた2003年に、この書物が出されたことも、意味があることのように思えます。キング牧師の思想は、彼がノーベル平和賞を受賞した1964年頃から、よりグローバルな、人類全体を視野に入れた普遍的な思想に深められていきます。それは1967年、ニューヨークのリバーサイド教会で行われた「ベトナムを越えて」という演説で、はっきりと打ち出されます。彼は、1967年という段階でベトナム戦争が過った戦争であるということを見抜き、それに対してはっきり「否」を唱えるのです。まだ大半のアメリカ人が、ベトナム戦争は正義の戦争だと信じている時期です。せっかく黒人の公民権運動が公に認められつつあるのに、支持者を失うことになりかねません。しかしそれでもキング牧師は、ベトナム戦争に対して、どうしても黙っていることができませんでした。

彼はアメリカ合衆国における黒人差別という、ある意味でローカルな問題に徹底的にかかわることによって、逆にグローバルな視点を養い、問題を見抜くアンテナを研ぎ澄ましていったと言えるでしょう。つまり世界中のあちこち、それは文化的にも地理的にも歴史的にも全く違う場所なのですが、きわめて同じようなことが起きていることを悟ったのです。彼はこの演説で、なぜ自分はこの戦争に反対するのか、反対しなければならないのかということを、非常に論理的に語っていきます。

そしてどちらが正しいか真実かを見極めようとするだけではなく、それを本当に解決するには非暴力しかないということまで訴えます。さらに敵の視点でものを見ること、あるいはこちらが敵だと信じている相手側の視点でものを見ることを提案するのです。この二つは、2003年という年、アメリカが、そして世界がやってきたことを省みる時に、より一層大事なこととして迫ってくるのではないでしょうか。キング牧師の言葉は、35年経った今日でも決して色あせることはありません。

非暴力抵抗主義というのは、しばしば無抵抗主義と訳され、弱者の思想だと批判されることが多いのですが、これは決して無抵抗ではなく、非暴力という手段を用いた徹底的な抵抗主義なのです。あるいは、それは理想主義だ、現実はそう甘くないとよく言われます。果たしてそうでしょうか。私は、この非暴力抵抗主義こそが、真の意味での現実主義だと思わされます。暴力に暴力を重ねていくことでは決して問題は解決しないことが、日々明らかになってきているのではないでしょうか。

最後に、キング牧師が殺される前夜に語った預言者的な言葉を、私たちも心して聞きたいと思います。「今まで人類は戦争と平和についていろいろと話はしてきた。しかし今はもう話をしている時ではない。暴力か非暴力のどちらを選ぶかを論議する余裕はまったくないのだ。今はもう、非暴力か、さもなくば人類の滅亡かという状況なのだ。」(232頁)

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