「神様の愛はしみとおる」(2024年12月)
昨年の8月、夫が突然召されました。入院して1週間位で退院できると思っていたのですが、突然病院から呼び
出され病院へかけつけた時には、すでに意識はなく、私はとっさに「今まで本当にありがとう。又会えるからね。」と
言うと、少しうなずいてくれたように思いましたが、それが最後でした。
牧師先生、教会の皆様の心のこもったお祈りと準備で葬送式、納骨が終わりました。
やがて、息子夫婦も帰り、私一人になりました。急に寂しくなりましたが、皆様方のお祈り、お支えに感謝の祈りを献げました。
ところが急に食欲がなくなりました。でもこの事は、誰にも言いませんでした。変な言い方ですが、神様にも申し上げませんでした。しかし近所のMさんが、手造りの生姜の佃煮を持ってきて下さり「これをほんの少しご飯にのせて
一口でいいから食べて!」と強い口調で言われました。一口食べると、おいしくて、お茶碗に一杯、ご飯を食べました。Mさんは大喜びで「今を乗り越えるんだよ」と言われ涙が出ました。私は、食欲がない事は、誰にも言っていませんが
何故Mさんは?と思いました。“主は、あなたの行くのも帰るのも守ってくださる。今より、とこしえに”と聖書、先日の牧師先生の説教では、神様は、身近な人をおつかわしになり、救ってくださる。と言われました。信仰が与えられていても、まだ弱くて、神様にもの申したくなります。でも、聖書には、こう書かれています。
思い煩いは、何もかも、神様にお任せしなさい。神があなた方の事を心にかけてくださるからです。
(ペテロの手紙一5:7)