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2026年3月1日説教「神の子の裁判」松本敏之牧師

詩編110:1~3
ルカによる福音書22:47~53、63~71

(1)受難節、レント、復活前

2月18日水曜日から受難節に入りました。英語ではレントと言います。先週は交換講壇のために私は留守にしましたが、先週の日曜日が受難節第一主日でした。ちなみにカトリックでは四旬節、聖公会では大斎節という呼び方をします(たぶん)。四旬節というのは40日間という意味、大斎節というのは大きな断食(悔い改め)の季節という意味です。

受難節というのは、イースターに先立つ、日曜日を除く40日間です。イエス・キリストが宣教活動に入られる時に(前に)、荒野で40日間過ごされ、悪魔から誘惑を受けられたことにちなんでいます。もっとさかのぼれば、モーセの一行がエジプトを出発して荒野で40年を過ごしたことにも関係があります。この期間は、イエス・キリストが苦しみを受けられたこと、そして十字架にかけられたことを心に留める、そして私たち自身も節制に励み、悔い改めの心をもって過ごす季節とされています。断食をする教派もあります。欧米諸国やラテンアメリカでは、肉を食べないという習慣のところもあります。

日曜日を除く40日間というのは、日曜日だけは受難節にあっても復活を祝う日なので除いているのです。その意味では受難節第何主日(第何日曜日)というのは矛盾をはらんでいます。だからかどうかはわかりませんが、日本基督教団では、「復活前第何主日」という呼び方もしています。日曜日ごとに、一つずつ数字が減っていくのです。鹿児島加治屋町教会では、昨年から、この表記を並行して用いるようにしています。

復活前第何主日という呼び方は、イースターに向かって、1週間ずつ近づいて行くのがよくわかります。それを象徴するように、昨年からレントの期間に、消火礼拝というのを始めました(再開しました)。この燭台は、小園豊さんが飯田牧師時代に作ってくださったものです。「信徒の友」の今年1月号の「信仰者ポートレート」のページにも掲載されました。

レントの期間は、日曜日が6回あります。最初の日曜日には、6つのキャンドルにあらかじめ火をともし、その一つ目を消しました。本日は受難節第2主日、復活前第5主日ですので、二つ目のキャンドルの火を消しました。そして次々と消していって、イースターの前の日曜日、すなわち棕櫚の主日には6つ目、最後のキャンドルの火を消します。イエス・キリストの苦しみを、特に心に留める1週間、受難週に入ります。そして1週間後の日曜日、イースターには、6つのキャンドルに新たなキャンドルを一つ加えて、7つのキャンドルに火をともしまて、イースターをお祝いしたいと思います。

(2)祭司長たちの思惑通りに

さて私たちは月に一度くらいのペースでルカ福音書を続けて読んでいますが、受難節に入りましたので、この3月は3回ほど読み進めたいと思います。

前回1月25日の分はすでに「人間の弱さ」という題のプリントにしてお配りしました。「イエスの逮捕とペトロの否認の部分です。今日は、イエスの逮捕の部分をもう一度、読んでいただきました。ルカ福音書は、この部分、他の福音書と少し違った書き方をしています。マルコ福音書やマタイ福音書では、主イエスを捕まえに来たのは、「祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆」(マルコ14:43)ろなっていますが、ルカ福音書では群衆だけではなく、「祭司長、神殿の管理者、長老たち」自身も押し寄せて来ていました。つまり宗教者自らが「待ってました」とばかりに、主イエスを捕まえに来るのです。主イエスは、彼らに向かって、こう言われました。

「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか。私は毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたがたは私に手出しをしなかった。」22:52~53

この記述には伏線がありました。少しさかのぼって、聖書を見てみましょう。19章45節以下に、こういう記述がありました。

「それから、イエスは神殿の境内に入り、商売人たちを追い出し始め。彼らに言われた。『こう書いてある。
「私の家は、祈りの家となる。」』
ところが、あなたがたはそれを強盗の巣にした。」19:45~46

こんな風に批判された人々は、かーっと来たことでしょう。しかし彼らは何もすることはできませんでした。ルカはこう続けます。

「毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長たち、律法学者たち、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうしてよいか分からなかった。民衆が皆、イエスの話に聞き入っていたからである。」19:47~48

主イエスの話を聞いた人々は、二つに分かれました。熱心にその話を聞く人々と、敵意を抱く人々です。主イエスは、彼の話を熱心に聞く人たちに取り囲まれていたので、怒りに燃えて何とか殺してやりたいと思った人たちも手を出せなかったのです。21章37節には、こういう記述があります。

「それからイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って、『オリーブ畑』と呼ばれる山で過ごされた。民衆は皆、話を聞こうとして、境内にいるイエスのもとに朝早くから集まって来た。」21:37~38

主イエスは、日中に教えておられたのです。祭司長たち、律法学者たちは、まだ手を出せません。22章の初めに、こう続きます。

「さて、過越祭と言われる除酵祭が近づいていた。祭司長たちや律法学者たちは、どのようにしてイエスを殺そうかと謀っていた。彼らは民衆を恐れていたのである。」22:1~2

彼らは、「主イエスを殺す」ということはもう決めているのです。でもシンパが彼を取り囲んでいましたから、昼間は手を出せません。そして、そのチャンスは思わぬところから、彼らの謀りごとを超えたところから、やって来ました。22章2節。

「その時、十二人に数えられる一人で、イスカリオテと呼ばれるユダの中に、サタンが入った。ユダは祭司長たちや神殿の管理者たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうと相談した。彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、機会を狙っていた。」22:3~6

(3)闇が支配する時

そのようにして、主イエスの逮捕にいたったのです。祭司長、神殿の管理者、長老たちは、自分たちの思惑通りに事が進んでいることを「しめしめ」と喜び、自らここに出て来たのでしょう。ルカは、ここで、主イエスの言葉として、こう書き添えています。

「しかし、今はあなたがたの時であり、闇が支配しているのである。」22:53

彼らは、昼間は主イエスに手をかけることはできませんでした。彼らとイスカリオテのユダとの打ち合わせ、主イエスを捕らえるタイミングも、昼間を避けて夜をねらったのでしょう。主イエスを捕らえに来た「群衆」と、熱心に主イエスの話に聞きに来ていた「民衆」とは、一部重なっているかもしれませんが、別の人々の群れであったのかなと思います。

今日は読みませんでしたが、54節には、こう記されています。

「人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。」22:54

そしてここで、ペトロと宗教者・群衆の一行は別行動となるのです。

(4)イエスが侮辱を受けたこと

さてルカ福音書は、主イエスが最高法院での裁きを受ける前に、イエスを捕らえ、拘束した人々から侮辱を受け、打ち叩かれたことを記しています。目隠しをされて、『お前を殴ったのは誰か、言い当ててみろ』と尋ねられたというのです。そしてさまざまな悪口を浴びせられました(22:63~65)。

マルコ福音書やマタイ福音書では、この記述は、最高法院での裁判の後に置かれています。実際には、前後、両方で侮辱を受けられたのでしょう。マルコやマタイでは、最高法院での裁判は、「夜明け前に」行われたことになっており、夜明けと共にピラトのもとに連れていかれたことになっています。ただ時間にこだわるルカとしては、それはあり得ないこととして、最高法院での裁きを、「夜明け後」に修正したのかなと思います。(ルカは、マルコ福音書を下敷きにしています)。では、その間、どうしていたかを示す意図もあって、ここに「主イエスが侮辱を受けられた」という記事を置いたのかもしれません。いずれにしろ、そうしたことが行われたということは、すべての福音書に共通していることです。

(5)宗教的権威のもとでの裁き

さて、ルカによると、夜が明けると、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちが集まって、主イエスを最高法院へ連れ出しました。この最高法院というのは「サンヘドリン」と言って、ローマ帝国支配下のユダヤにおいて、最高裁判権を持つ宗教的・政治的自治組織でした。大祭司を長とし、祭司、ファリサイ派、長老らから成る71人の議員から成り立っていました。主イエスは、まずここで裁かれるのです。宗教裁判です。そこで死刑がまず宗教的な理由で確定されるのですが、彼らはローマ帝国の支配下にあって、それを執行する権利は持っていませんでした。そこでその決議をもって、主イエスをピラトのもとへ、つまり世俗の裁判のほうへ連れ出すのです。それは「神によって選ばれ、立てられた」と自他共に認め、その特別な任務のために専門的な聖書の勉強をしていた人々によって、主イエスは裁かれたということを意味しています。

彼らはメシア(救い主)の到来を待ち望み、そのために祈りをささげていたことでしょう。そのメシアが、今彼らの目の前に現れたのですから、この瞬間のためにこそ、彼らの存在意義はあったはずです。ところが彼らはその機会を無にしてしまうどころか、そのメシアを正式に拒否し、追放し、抹殺しようとしたのです。

ここには宗教者の罪というものがあることを思い起こさせてくれます。宗教者の罪とは自分が正しいと思い込む罪です。そして自分は神の側に立ち、神の意志を知っている、そしてそれを代行していると思い込む罪です。

私たちに引き寄せて言えば、「教会がイエス・キリストを裁いた。中でも神のみ心を伝えるべき伝道者(牧師、神父)が、真っ先にイエス・キリストを裁いた」ということができるかもしれません。

この宗教的権威のもとで裁かれた後に、イエス・キリストは、政治的権威(ピラト)のもとに送られます。イエス・キリストが政治的権威によって裁かれるのを宗教的権威が止められなかったというのではありません。逆に「この男が騒ぎの張本人ですから、政治的権威のもとで裁いてください」と言って、いわば宗教的権威が彼を引き渡したのです。

(6)両刃の剣

私はこの最高法院の出来事を通して、「知識・知恵というものは両刃の剣だ」ということを思わざるを得ません。用い方によって、人を生かすこともできるし、殺す道具にもなる。神についての知識ですらそうなのです。いや神についての知識だからこそ、余計そうなのでしょう。神の戒め、聖書について知っていればいるほど、神のみ心を悟ることができるはずですが、実際には必ずしもそうではありません。神のみ心を聞く以前に、自分たちの信念があって、それを正当化するために聖書の言葉が用いられる。聖書の知識があればあるほど、巧みにそれをやってのけるのです。

戦争をする時には必ずと言ってよいほど、神様がもち出されます。「神がこの戦いを支持し、祝福しておられる」と語られ、覇気を鼓舞します。いったい誰がそれを語るのでしょう。聖職者です。教会の牧師であり、神父であり、ユダヤ教のラビであり、イスラム教の導師です。そして神のみ心と反対の方向へと突き進んでいくのです。

この最高法院で行われたのもそういうことでした。神から授かっているはずの権威のもとで、その知識を結集して、神の子を裁く。そして「神を冒瀆している」と断罪するのです。私たちはイエス・キリストを最初に「死刑にすべきだ」と裁いたのは、他ならぬ宗教的権威であったということを覚えておかなければならないでしょう。

(7)最高法院での尋問

さて、では実際に最高法院でどのような会話がなされたかを見ていきましょう。

ルカ福音書では、マルコやマタイと違って、証言を求めたりするようなことはありません。マタイやマルコでは、偽証も求めるのですが、その証言が食い違って立証ができなかったことが記されています。ルカではごく短く最高法院の人々と主イエスとの対話のみがごく短く記されます。それは裁判というよりは、ほぼ尋問です。彼らは、最初に「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」(67節)と問いかけました。メシアというのは、先ほども少し触れましたが、旧約聖書に出てくる来るべき救い主の称号でした。「油注がれた者」という意味で、それをギリシア語にすると「キリスト」となります。実際、かつての口語訳聖書では、「あなたがキリストなら、そう言ってもらいたい」と訳されていました。

それに対して、主イエスはこう応答されました。

「私が言っても、あなたがたは決して信じないだろう。私が尋ねても、決して答えないだろう。しかし、今から後、人の子は力ある神の右に座る。」22:67~69

この主イエスの言葉の中に、さらりと出てくる「人の子」というのも、旧約聖書のダニエル書7:13などに出てくる言葉で、終わりの日にやってくる裁き主、救い主の称号でした。主イエスは、それを自称として(自分を指す言葉として)、しばしば用いられました。祭司長たちも、当然のこととして、それが旧約聖書に出てくる言葉として知っていたわけです。それを主イエスが遠回しではありますが、自分のこととして語られたので、彼らはいよいよ二つ目の、そして最後の問いを投げかけます。

「では、お前は神の子か。」22:70

この問いに対して、主イエスがどう答えられたか。これまた福音書によって微妙に違うのです。マルコ福音書では、「お前はほむべき方の子、メシアなのか」(マルコ14:61)と問われたのに対し、はっきりと「私がそれである」(マルコ14:62)と答えておられます。ただルカ福音書では、「私がそうだとは、あなたが言っている」(ルカ22:70)となっています。マタイ福音書は、ルカ福音書と似ているのですが、「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」(マタイ26:63)と問われたのに対し、「それはあなたの言ったことだ」と返されました。

つまりイエス様は、肯定も否定もされないで、相手に対して、同じ言葉を投げ返されたのでした。わざとあいまいな言い方をされて、その問いに答えることを拒否されたということもできるでしょう。しかし肯定も否定もしていないのに、最高法院は、それを、「自分が神の子であると言ったと認めた」というふうに理解して、「これでもまだ証言が必要だろうか。我々は本人の口から聞いたのだから」(ルカ22:71)と言って、裁判を閉じることにするのです。

(8)イエスの三つの称号

最後に、この短い箇所の中に、主イエスを指す三つの称号が出てくることを心に留めましょう。それは「メシア」「人の子」そして「神の子」という称号です。タイトル、肩書と言い換えてもよいでしょう。

ただし最高法院の人々は、イエスに対して、「メシア」「神の子」として信仰告白をしたわけではありません。これまで、イエス様のことを「神の子」と呼んだ人間は誰もいませんでした。イエスが洗礼を受けられた時に、天から「あなたは私の私の愛する子、私の心に適う者」(ルカ3:22)と声がきこえたことが記されていました。また山上の変貌と呼ばれる出来事の時にも、「これは私の子、私の選んだ者。これに聞け」(ルカ9:35)という声がきこえました。それ以外では、最初に主イエスのことを「神の子」と呼んだのは、皮肉にも、悪霊だけでした。ゲラサ人が悪霊にとりつかれて暴れまわっていた時、主イエスに出会って、その人の口を通して、悪霊は「いと高き神の子イエス、構わないでくれ。頼むから苦しめないで欲しい」(ルカ8:28)と言っていました。悪霊は、主イエスを神の子と認めてそう言ったのです。

しかしこの最高法院では、彼らがイエスを神の子と認めたのではなく、主イエスを陥れるために、その言葉を口にしたのでした。そしてはからずもその言葉は正しかったのですが、彼らはそれでもって逆にイエスが神を冒涜した証拠として受け止めるのです。

ここにも宗教者の罪を見る思いがします。

私達は真実な心で、主イエスに対して、「あなたこそメシアです。生ける神の子です」と告白し、その御前に進み出たいと思います。

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