2025年5月4日説教「過越の食事」松本敏之牧師
出エジプト記12章1~14節 ルカ福音書22章1~13節
(1)過越祭と除酵祭
ルカによる福音書を少しずつ読み進めています。本日のテキストは、ルカ福音書22章の最初の部分です。ここから受難物語に入ります。教会暦では、受難節を過ぎてすでに復活節に入っていますので、少し季節外れのようにも思えますが、大事な場面ですので、ここを見てまいりましょう。このように始まります。
「さて、過越祭と言われる除酵祭が近づいていた。」ルカ22:1
過越祭と言われる除酵祭とありますが、この二つは、元来は別々の祭りであったようです。聖書協会共同訳巻末の用語説明に、両方とも出てきます。まず過越祭は、このように説明されています。うしろから数えて、丸かっこの35頁です。
「イスラエルの三大祭りの一つで、イスラエルの民がエジプトから救い出されたことを祝う祭り。祭りの名称は、エジプト人の長子と家畜の初子を滅ぼす神の使いが、イスラエル人の家を『過ぎ越し』たことに由来している(出12:23~27)」
モーセが、エジプト王ファラオに、イスラエルの民を解放するように言うのですが、ファラオはそれを何度も拒みます。さまざまな災いをエジプトに下して解放を迫るのですが、その度にファラオは、「わかった」というにもかかわらず、災いが過ぎ去ると、ファラオは約束を翻して、イスラエルの民を解放しようとはしません。そこで最後の手段として、神様はエジプト中の長子と動物の初子を殺す計画を立てます。しかし、犠牲の羊の血を塗った家は「殺さない」というふうに告げられます。
出エジプト記12章21節以下に、このように記されます。
「行って、家族ごとに自分たちの羊を選び、過越のいけにえとして屠りなさい。そして、ヒソプを一束取り、平鉢に入れた血に浸して、平鉢の血の一部を入口の鴨居と二本の柱に付けなさい(ヒソプは植物です)。朝まで誰も家の出入り口を出てはならない。主はエジプト人を打つために行き巡るとき、入り口の鴨居と二本の柱の上にある血を目にされると、その出入り口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家に入って、打つことがないようにされる。」出エジプト12:21~23
そしてそこからが祭りの説明になります。
「あなたがたは、自分と子孫のための掟として、このことをとこしえに守らなければならない。主が語られたとおり、あなたがたに与える地に入ったとき、この儀式を守らなければならない。」出エジプト12:24~25
おもしろいのは、それを子どもたちに学ばせるやり方です。
「子どもたちが、『この儀式の意味は何ですか』と尋ねるときは、こう言いなさい。『それは主の過越のいけにえである。主がエジプトの地で、エジプト人を打たれたとき、イスラエルの人々の家を過ぎ越され、私たちの家を救われた。それで民はひざまずき、ひれ伏すのである。』」出エジプト12:26~27
そのようにして、子どもたちにもその原点を思い起こさせて、自分たちのルーツがどこにあるかを代々受け継がせてきました。イエス・キリストの一行も、ユダヤ教の伝統にその過越の食事をしようとしておられたのです。出エジプトの出来事は、大体紀元前1300年ころと言われていますので、イエス・キリストの時代の1300年前です。ですから、それまで毎年毎年、1300回も行われてきたことになります。ちなみに、ユダヤ教では今日でもこの過越祭を大事にしています。今は2025年ですので、これまで3300回以上、この祭りを続けていることになります。
さて、巻末の用語説明に、除酵祭についても同じページの上のほうにも出ています。それによれば、除酵祭は、「エジプト脱出を記念して、パン種をいれないパンを七日間食べたことに由来する名称。……元来は大麦の収穫祭であったが、祝われる日がほぼ同じであったことから、次第に過越祭の別名となった」と説明されています。
(2)イエス・キリストの主導で
7節に、こう記されています。
「過越の羊を屠るべき除酵祭の日が来た。イエスはペトロとヨハネを使いに出そうとして『行って、過越の食事ができるように準備しなさい』と言われた。」ルカ22:7~8
ルカ福音書の元になっていると言われるマルコ福音書では、弟子たちのほうから、イエスに向かって「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と尋ねています(マルコ14:12)。しかしルカ福音書では、いきなりイエス・キリストのほうから、ペトロとヨハネを指名して、過越の食事の準備をさせるように告げられます。何かイエス・キリストのこの過越の食事に対する決意が伝わってくるようです。二人が「どこに用意しましょうか」と尋ねると、こう答えられました。
「都に入ると、水がめを運んでいる男に出会う。その人が入る家まで付いて行き、家の主人にこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に食事をする宿屋はどこか」とあなたに言っています。』」ルカ22:10~11
当時、水を運ぶのは大体女性の役割でありました。男性が水を運ぶのは珍しいので、すぐに見つけられるということなのでしょう。でもすぐに声をかけるのではなく、その人の後を付けていくのです。そして家についたら、主人に話しかけるのです。イエス・キリストはこう続けます。
「すると、席の整った二階の広間を見せてくれるから、そこに用意をしなさい。」ルカ22:12
二人が、イエス・キリストの指示通りにすると、確かにその通りであったので、過越の食事の準備をいたしました。やりとりの主導権は徹底してイエス・キリストにあります。今であれば、スマホかアプリで予約をするか、そうでなくても、電話で予約をしますので、その通りになっていたというのはわかりますが、この当時はそんなものはありません。イエス・キリストとその家の主人がすでに知り合いであったのか、よくわかりませんが、ここではイエス・キリストの、ひいては神さまの計画通り、ということが伝わってきます。エルサレムに入られる時に、子ろばを借りに行った時のやり方に少し似ています(ルカ19:30節参照)。
(3)人間の思惑
さて、そうした神さまの計画と並行して、ここでは人間の側の思惑が出来事を導いていることが記されています。
「祭司長たちや律法学者たちは、どのようにしてイエスを殺そうかと謀っていた。彼らは民衆を恐れていたのである。」ルカ22:2
この言葉の伏線となっているのは、19章47~48節です。
「毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長たち、律法学者たち、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、どうしてよいか分からなかった。民衆が皆、イエスの話に熱心に聞き入っていたからである。」ルカ19:44~48
彼らは、イエス・キリストがいわば自分たちの縄張りを侵し、民衆の心をつかんでいることが面白くなかった。苦々しく思っていたのでしょう。「この男は赦せない。」興味深いことは、祭司長たちと律法学者たちが一緒になっていることです。結託していることです。この両者は当時の宗教家の二大勢力で、普段は仲が悪かったのです。それぞれを代表するファリサイ派とサドカイ派の対立のようなものです。しかし「イエス・キリストを赦せない」ということで意気投合しているのです。いわば休戦協定を結んで、まずは目の前の敵を始末しようというような感じです。すでに「殺さなければならない」ということで、機会をうかがっていたのです。そこへひょっこりイエスの弟子の一人がやってきます。
「ユダは祭司長たちや神殿の管理者たちのもとに行き、どのようにしてイエスを引き渡そうかと相談した。彼らは喜び、ユダに金を与えることに決めた。」ルカ22:4
祭司長たちにすれば、「渡りに船」です。そのことに「喜んだ」と記されていることに心が痛みます。彼らにしてみれば、ユダの気が変わらぬうちに、お金を渡して早く取引を成立させてしまおうという感じです。そしてユダもそれを承諾してしまうのです。
「ユダは承諾して、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、機会を狙っていた。」ルカ22:6
しかしその次の段落を追って見てみると、ユダは再び弟子集団の中に戻り、一緒に過越の食事にあずかっていることがわかります。
「しかし見よ、私を裏切る者が、私と一緒に手を食卓に置いている。」ルカ22:21
(4)イスカリオテのユダ
さて最後に、イスカリオテのユダの存在と行動に目を向けましょう。イスカリオテのユダは、どうしてイエス・キリストを売り渡すことにしたのでしょうか。古来、さまざまな解釈があります。
まず挙げられるのが、金銭欲というものです。ヨハネ福音書12章6節に、こういう言葉があります。
マリアがイエス・キリストの足に香油を塗った時の記述です。
「弟子の一人で、イエスを裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが言った。『なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人に施さなかったのか。』彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。自分が盗人であり、金入れを預かっていて、その中身をごまかしていたからである。」ヨハネ12:4~6
しかしその解釈にみんなが納得しているわけでもありません。
二つ目は、イエス・キリストへの信頼が揺らいで、イエス・キリストのメシア性を確かめようとした。メシアであれば、危険を避けて逃げおおせると思ったというものです。
三つ目は、イエス・キリストに神の国を実現させるように強請した(無理にせがむ)。イエスは神の国の到来を引き延ばしているように感じた。
四つ目は、ユダは、政治的なメシアを期待していたけれども、どうもそういうメシアではなさそうで、ユダのほうが裏切られたように感じていたというものです。
それぞれになるほどと思わせるものもありますが、どれも決定的な理由とは思えません。ユダがなぜ裏切ったのかは、依然、謎のままです。ルカは、22章3節で、こう言っています。
「その時、……イスカリオテのユダの中に、サタンが入った。」ルカ22:3
そうとしか言いようのないような事柄です。魔が差した。イスカリオテのユダ自身、殺されることまでは期待していなかったかもしれません。うまく利用されてしまったとも言えます。ですから後で、自分のしてしまったことを後悔するのです。人間の思惑と神の計画が、ここで交差するのです。結果的に神の計画の一コマになるのですが、ユダに責任がないとは言えないでしょう。
(5)ユダと私たち
イスカリオテのユダについて語る時、どうしようもなく心が重くなります。先ほど、いろいろな説を紹介しましたが、どうしてユダは主イエスを裏切ってしまったのでしょうか。先ほども紹介したことですが、ユダも最初は主イエスを来るべきメシアとして迎え入れたけれども、だんだん自分の期待通りのメシア、救い主ではないということが見えてきて、期待はずれが大きくなったのかもしれません。裏切られたという思いが募り、期待が憎しみに変わっていったのでしょうか。このユダの姿は、私たちと決して無関係だとは言えないように思います。
マタイ福音書では、イエス・キリストが、食事の席上で、「あなたがたのうちの一人が私を裏切ろうとしている」(マタイ26:21)と言われると、「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさか私のことでは』と代わる代わる言い始め」(同22節)ました。これは、みんな心のどこかで、「自分も、もしかすると、主イエスを裏切るかもしれない」と思っていたことの表れでしょう。誰も、主イエスを裏切らないという確信をもつことができなかったのです。ユダは、何か例外的なとんでもない人間であったのではなく、弟子たちの中にもユダ的要素はあったし、まさに私たちのうちにも、<ユダ>は潜んでいると言えようかと思います。
(6)ユダのためにも祈るイエス
それにしても、どうしてユダは弟子に加えられたのでしょうか。主イエスは十二人を選ばれた時、後にそうなるということを見抜くことができなかったのでしょうか。そうだとすれば、イエス・キリストに見る目がなかったということになるでしょう。あるいは、「そうなるかもれない」と、うすうす感じつつ、いずれ自分が訓練してやろうと思って、弟子になさったのでしょうか。そうだとすれば、やはり弟子教育に失敗したということになるでしょう。私は、そうではなく、主イエスは、こうなることをすべて見越した上で、イスカリオテのユダを弟子の一人に加えられたのだろうと思います。
つまりユダのような人間も、主イエスの弟子として行動を共にし、弟子たちの輪の中に加えられることが、御心であったということです。特にこの主イエスの地上における最後の夜の食事に、ユダが加わっていることは重要です。食事だけではありません。主の晩餐、言い換えれば、最初の聖餐式にユダもあずかっているのです。
ユダの物語を心に留める時に、私たちの最も暗い闇の部分を見せつけられるような思いがいたします。しかしその暗闇が濃ければ濃いほど、そこに現れ出る恵みの光も大きいのです。
イエス・キリストは、このユダのためにもパンを裂き、ぶどう酒を用意し、このユダのためにも(ヨハネ福音書によれば)、身をかがめて足を洗われました。さらに突っ込んで言えば、このユダのためにも祈り、このユダのためにも十字架で死なれた。私は、このユダも確かに受け入れられていたからこそ、私も受け入れられていると、信じることができる。私も洩れていない。ユダでさえも受け入れられているから、確かに私もこの輪の中にいると、確信できるのです。
(7)驚くべき主の恵み
マタイ福音書によれば、イスカリオテのユダは、裏切ったそのすぐ後で、「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」(マタイ27:4)と後悔し、結局自死してしまいました(マタイ27:5)。
ルカ福音書には、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか分からないのです」(ルカ23:34)という主イエスの十字架上の祈りが記されていますが、その祈りから、ユダが洩れると考えることはできません。ユダも本当は自分のしていることの罪深さが分からなかったのです。だからこそ、後悔をして自死してしまったのでしょう。私は、主イエスはこのユダのためにも、いやこうしたユダのような人間のためにこそ、両手を広げて十字架にかかって死なれたと信じています。イエス・キリストは限定された人のために死なれたのではないでしょう。例えばクリスチャンのためだけに死なれたのではないでしょう。そして、主イエスがすべてをささげて十字架上で祈られたこの祈りがむなしく終わる(聞き届けられない)と想像することはできません。むなしく終わると考えるほうが十字架を低く見積もることであり、不信仰なことでしょう。私はこのイエス・キリストのなさった、桁違いの圧倒的な恵みのみ業を深く心に留める時に、身震いする思いがいたします。この十字架上の祈りは、もともとルカ福音書にはなかったかもしれないという疑問符がついている聖句です。聖書でも括弧に入っています。しかしたとえ、イエス・キリストがこの言葉を語られなかったとしても、イエス・キリストの生涯全体と十字架がそのことを指し示していると思います。
イエス・キリストは、私たちがどちらを向いていようと、私たちがイエス・キリストを裏切ろうと、私たちのほうを向いて待ち、祈っておられる。そういう方であるからこそ、「では、どんな生き方をしてもよいのだ」と居直るのではなく、逆に、この方のほうを向いて生きていきたいと思うのです。