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2025年11月30日説教「天なる神にはみ栄えあれ」松本敏之牧師

イザヤ書51章4~8節
マタイ福音書2章16~18節

(1)ヘルンフートの星>

講壇のかけ布が緑から紫に替わり、キャンドルに一つ灯がともって、本日から待降節、アドベントに入りました。キャンドルに4つ灯がともるとクリスマスになります。鹿児島加治屋町教会では、アドベントに入ると、このキャンドルの他に、礼拝堂正面の上のほうに、イガイガの星が空中に浮かんでいるように飾られます。これは、ベツレヘムの星を象徴するものですが、この形の星は「ヘルンフートの星」と呼ばれます。ヘルンフート兄弟団という教派の教会から始まったからです。ヘルンフート兄弟団というのは、毎年、ローズンゲン(日々の聖句)と呼ばれる短い聖書日課を発行していることでも知られています。ドイツの町や教会では、アドベントに入ると、このヘルンフートの星があちこちでよく見かけられるようになるとのことです。

(2)今年度のクリスマス・テーマ、「地に住む人には平和あれ」>

さて鹿児島加治屋町教会では、今年のクリスマスのテーマを、「地に住むひとには平和あれ」といたしました。この言葉は、「天なる神にはみ栄えあれ」という賛美歌(『讃美歌21』265番)の中のフレーズです。1節ですが、こういう歌詞です。

「『天なる神には み栄えあれ、
  地に住むひとには 平和あれ』と、
  み使いこぞりて ほむる歌は
  静かにふけゆく 夜にひびけり。

「地に住む人には平和あれ」という今年のテーマは、この2行目の言葉です。この言葉を、今年のテーマにしたのは、言うまでもなく、今の世界の状況を鑑みてのことです。何よりもパレスチナのガザ地区の状況やウクライナの状況を、心に留めたいと思いました。

インターネットで確認する限りでは、ガザ地区では、2025年11月下旬現在、公式な停戦合意後も戦闘が断続的に続いており、人道危機は深刻な状況です。

戦闘状況に関して言えば、10月の停戦合意後も、イスラエル軍はハマスによる合意違反を主張し、ガザ各地への空爆や攻撃を断続的に実施しています。これにより、合意発効後も双方に死者が出ており、不安定な状態が続いています。

人道危機の状況は、赤十字国際委員会(ICRC)のトップの人が「この世の地獄よりひどい」と表現するほど深刻です。人口の9割にあたる190万人が家を追われ、避難生活を余儀なくされています。テント生活での医薬品不足や、支援物資の配給を巡る混乱も発生しています。2023年10月以降のパレスチナ人の死者数は、ガザ保健省や国連機関の報告によると数万人規模に上っており、その中には多数の子どもが含まれています。

ウクライナ情勢については、この数日、大きく動いているようです。昨日のニュースでは、ウクライナのゼレンスキー大統領の最側近が汚職で解任されたという報道がされていました。しばらく様子を見守りたいと思います。

(3)作詞者シアーズの信仰、社会的関心>

さて、「地に住む人には平和あれ」というテーマを掲げたことには、そうした世界情勢が背景にあるわけですが、この言葉は、言うまでもなく、ルカ福音書2章14節の天使の言葉に基づいたものです。

「いと高き所には栄光、神にあれ。
 地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカ2:14

「天なる神にはみ栄えあれ」という冒頭の言葉もそうです。この天使の賛美は、他の多くの賛美歌にも出てくる言葉です。そうした中、なぜこの賛美歌なのかと言えば、この賛美歌には、ひとつの独自性があるのです。

「天なる神にはみ栄えあれ」という賛美歌は、アメリカ生まれた最初のクリスマス・キャロルだと言われますが、同時に、はじめて「社会的な福音」を歌ったクリスマス・ソングだということです(川端純四郎『さんびかものがたりⅡ この聖き夜に』参照)。

この歌は、クリスマスの歌なのに、幼子イエスもマリアも飼い葉桶も出て来ません。ただひたすら「地には平和」という天使の賛美の歌に聞くことだけが求められています。

この歌詞は、エドマンド・シアーズ(1810~76年)というユニテリアン派のアメリカ人牧師です。それまでのイギリスの賛美歌には、このような政治的・社会的問題を歌ったものは一つもありませんでした。現実の問題に讃美歌の世界を拡げたのはアメリカの賛美歌作者の功績です。そのように、川端先生は述べています。

ユニテリアンというのは(少しややこしいですが、一応、説明しておきましょう)、トリニテリアンという言葉に対して用いられる言葉です。トリニテリアンというのは三位一体を信じる人という意味の言葉ですが、それに対してユニテリアンというのは、父だけが神で、子(つまりキリスト)は神の子ではあるけれども神ではない、神性を認めないという教義をもっています。三位一体を信じる多数派のキリスト教からすれば、少数派なのですが、異端ではありません。(事実、私が学んだニューヨークのユニオン神学校の2000年頃の学長はユニテリアンの神学者でした。)そのユニテリアン派の特徴の一つは、社会的関心が強いということでありました。この歌詞を書いたシアーズ牧師は、神学的にはユニテリアンに同意できなかったようですが、その社会的関心の強さということではユニテリアンの信仰を受け継いでいました。

(4)激動の時代に>

シアーズが生きたのは、19世紀半ばですが、当時のヨーロッパやアメリカは激動の時代でありました。川端先生はこう述べています。

「当時の世界は激動の時代でした。1848年には、フランスで2月革命が起きて王制が最終的に崩壊し、追いかけてドイツに3月革命が起きて、危機は全ヨーロッパに波及していきます。アメリカは南北戦争前夜で、1850年に逃亡奴隷の強制送還を義務づける逃亡奴隷法が成立し、それに反発したストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』が(18)52年に出版されます。戦争を予感させる厳しい対立の中で、シアーズは「地には平和」という天使のメッセージ耳を傾けるように人々に訴えたのです。」

この賛美歌の英語の原歌詞は5節まであるのですが、日本語訳では元の歌詞の3節が省略されています。それは、こういう言葉です。

「しかし罪と争いの苦悩を
 世界は長く耐えてきた。
 天使の歌の陰に
 2000年の悪のうめきが聞こえる。
 人は人と戦い、耳を傾けようともしない。
 天使のもたらす愛の歌に、
 おお、争う人々よ、騒ぎを止めて、
 聞け、天使の歌を」川端純四郎訳

残念ながら日本語では省かれてしまった、この歌詞の中に、シアーズの願いが最もよく表れているように思います。

(5)ヘロデの幼児虐殺事件>

今日は、マタイ福音書2章16~18節の言葉を読んでいただきました。予告では、ルカ福音書1章の「ザカリアの賛歌」を読む予定にしていましたが、今年のアドベントとクリスマスの礼拝は、すべてマタイ福音書で統一することにしました。どうぞ、ご了解ください。

今日はまだアドベント、待降節ですが、クリスマスの後の話の部分を読んでいただきました。この箇所は、イエス・キリストがお生まれになった最初のクリスマスの時にも、ヘロデ王の弾圧があり、人々はとても厳しい戦禍の中にあったということを告げています。「嘆きの声」がベツレヘム一帯に満ち溢れました。これは「ヘロデの幼児虐殺事件」と呼ばれる残酷な話です。

この直前のところは、東の国の博士たちが黄金、乳香、没薬の贈りものをもって、生まれたばかりの救い主キリストを礼拝しにやってきたという美しい物語でした。彼らは救い主の生まれた場所を探し当てる前に、エルサレムへ立ち寄り、ヘロデ王を訪ね、こう言いました。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」マタイ2:2

ところが、それを聞いたヘロデは、「もしかすると自分の地位がおびやかされるのではないか」と不安になり、一計を案じます。

「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。私も行って拝むから。」マタイ2:8

もちろんそれは、嘘です。彼らから、その赤ちゃんの居場所を聞き出し、暗殺しようと企んだわけです。しかし博士たちは、その救い主を見つけて、礼拝した後で、夢で「ヘロデのところへ帰るな」(12節)とのお告げを聞き、別の道を通って、自分たちの国へ帰っていきました。そのことを知ったヘロデは激怒します。そして、「二歳以下の男の赤ちゃんを一人残らず殺せ。皆殺しにせよ」という命令をくだすのです。

(6)ラマにあったラケルの墓>

クリスマスの喜びの歌声が、自分の子どもを殺された母親の泣き叫ぶ声でかき消されるようです。マタイはこう記しました。

「その時、預言者エレミヤを通して言われたことが実現した。
『ラマで声が聞こえた。
激しく泣き、悲しむ声が。
ラケルはその子らのゆえに泣き
慰められることを拒んだ。
子らがもういないのだから。』」マタイ2:17~18

ラマというのは、ベツレヘム、あるいはその近くにあった古代の町です。ラケルの墓はそこにありました。ラケルというのは、創世記に出てくる女性、イスラエルの族長であったヤコブの妻であった人です。ヤコブというのは、否定的な意味合いをもつ名前でしたが、後にイスラエルという祝福された名前を神から与えられるのです(創世記32・23~29)。イスラエルとは、「神は支配し給う」という意味です。ラケルはその「イスラエル」という名前の男(ヤコブ)の妻ですから、イスラエル民族の母のような意味合いをもっているのでしょう。そのラケルが泣いている。墓の中から泣いている。子どもが取られたから。ここに「預言者エレミヤを通して言われたことが実現した」と記されているとおり、この言葉はエレミヤ書からの引用です。

(7)バビロン捕囚時の嘆き>

エレミヤ書31章15節にこう記されています。

「主はこう言われる。
ラマで声が聞こえる 
激しく嘆き、泣く声が。
ラケルがその子らのゆえに泣き
子らのゆえに慰めを拒んでいる
彼らはもういないのだから。」エレミヤ31:15

ここには、イスラエルの民のもう一つの悲しい歴史が重ねられています。それは紀元前6世紀のバビロン捕囚という出来事でした。イスラエル王国はダビデ王、ソロモン王の時代には栄華を極めるのですが、その後どんどん落ちぶれていきました。さらに国は北王国イスラエルと南王国ユダの二つに分裂しました。エレミヤの時代にはすでに北王国は滅び、南王国もバビロニアによって滅ぼされ、多くの人々が捕虜としてバビロンに連れて行かれました。紀元前6世紀のことです。

このラマはバビロンに彼らが連れて行かれた時の通過点であったと言われます。その連れて行かれる人を見て、「ラケルが墓の中から泣いている。慰めてほしくない。子どもはもう帰らないのだから」と言ったということなのです。

(8)今日までも嘆きがこだましている>

マタイはこれを、ヘロデ王の幼児虐殺事件と重ね合わせました。あのエレミヤの預言の言葉が、今ここに実現している。ラケルの泣き声が時代を超えて、こだましている。バビロン捕囚の時代の母親の嘆きと、クリスマスの時のヘロデ王に殺された子どもの母親の泣き叫ぶ声がこだましている。

このラケルの泣き声は、今日までもこだましていると思います。ラマがベツレヘム、あるいはその周辺地域だとすれば、現代の領域では、パレスチナのヨルダン川西岸地区にあたります。ガザ地区と並ぶもう一つのパレスチナの地区です。バビロン捕囚の時の母親たちの嘆きはイスラエルの人々、そして母親たちの嘆きでした。ヘロデ王の虐殺命令の下で嘆いたのも、イスラエルの子ども母親たちでした。現代でも、そのイスラエル、パレスチナ双方の嘆きがあります。しかしその嘆きが激しいのはむしろ、現代のイスラエル国家のもとで迫害を受けているパレスチナ人の母親の嘆きでしょう。

そうした中、私たちは、この賛美歌を造ったシアーズと共に、「天なる神にはみ栄えあれ 地に住むひとには、平和あれ」という天使の声に耳を傾け、そのメッセージを私たち自身も告げていかきたいと思います。

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