大地のリズムと歌-ブラジル通信21 「締め出された者の叫び」
ブラジルの独立記念日である9月7日、レシフェの中心街、コンジ・ダ・ボアヴィスタ通りと、グァララペス通りの歩道は、早朝から数万人の人々によって埋め尽くされた。ブラジル独立176年を祝う公式パレードを、間近に見るためである。パレードは、午前9時、ペルナンブッコ州のM・アハエス知事と、F・パンプローナ北東部軍隊総司令官の到着と同時に始まった。約5000人の軍人、警察官、消防士の他、公立私立あわせて41の学校の学生たち1500人も、このパレードに参加した。整然とした足並みの歩兵、オートバイ隊、騎兵隊の行列、空軍のアクロバット飛行は、多くの観衆を魅了したようである。学生たちの多くは、ブラジルのトレードカラーである緑と黄色の衣装に身をまとい、さまざまな演技をしながら行進をした。独立記念日は、別名「祖国の日」とも呼ばれるように、ナショナリズムを昂揚させる時でもあるのだ。ブラジルの場合、ナショナリズムと言っても、日本やアメリカと違い、他国を武力で侵略した歴史もないし、現在も経済的に他国を侵略しているわけではないので、必ずしも帝国主義にはつながらない。また逆に、ポルトガルから独立した後、対外的には、どこにも主権を侵されずに歩んできた。それだけに明るくストレートに、祖国愛を表現できるのだと思う。しかしブラジル国民がすべて、こうした愛国行事を素直に受け止めているわけではない。ブラジル国内には、それを素直に祝うことができないような問題が山積みされているからである。愛国パレードにかまけて、国内の深刻な問題をまぎらわすことは許されない。ちょうど日本の「建国記念日」が「信教の自由を守る日」でもあるように、ブラジルの「独立記念日」には、もう一つの顔がある。
この日、公式パレードのほぼ同じ時間、すぐ近くの大通りで、全く別のパレードが平行して行われていた。社会不正義に対する抗議運動として、カトリックの全国司教会議(CNBB)によって呼びかけられた第4回<締め出された者の叫び>大行進である。プロテスタント教会からも、聖公会とメソジスト教会が、この呼びかけに応じた。聖公会のM・コズモ牧師は、新聞のインタビューで「教会がこのイベントに参加するのは、9月7日の公式行事はまやかしであると理解しているからである」と述べている。またメソジスト教団、北東宣教区の月報『コンパルチリャール』9月号では、「悲しいことに私たちの国では、飢えで死ぬ人がたくさんいる。どのようにして、私たちの独立を祝うことができようか」。「参加者は、すべての人のための食糧を分かち合う愛の必要性のしるしとして、空っぽのバッグを持っていこう」と呼びかけられた。
奥地から何日もかけて歩き通してきた、約2000人の土地無し農民を中心に、社会から締め出された他の人々、その人々を支援する教会関係者や、労働組合の人々ら、約5000人がこれに加わった。今年のテーマは「ここは私の国だ」であり、さらに「<秩序>とは誰も飢えないこと、<進歩>とは喜びの民である」が標語となった。ちなみに<秩序と進歩>とは、ブラジル国旗の中央に書かれている言葉である。ステージ型トラックの上では、神父や組合リーダーが演説をしながら、行進を導いた。
「土地無し農民運動」(MST)の赤い大きな旗、テーマや標語の書かれた横断幕がたなびく中、サンバやフレーヴォ(レシフェのカーナバル音楽)が大音響で鳴り響き、素朴で力強い農村労働者たちの歌や賛美歌も加わった。カーナバルのジャイアント人形まであらわれ、まさにお祭りムード。整然と組織された先の公式パレードとは対照的な行進となった。
当初、独立記念日の公式パレードにぶつける計画もあったそうだが、結局軍隊と土地無し農民の「対決」を避けるため、違うコースを通ることとなった。「今年の最も大切なことは、<締め出された者たち>が声を上げる機会をもつことであるから」とコーディネーターの一人、J・H・コスタは語っている。
「土地無し農民運動」とは、大土地所有者の未使用地を、土地無し農民が獲得するための一種の戦略闘争である。どこに未使用地があるか、ねらいを定め、夜中に一挙に占拠する。その後、政府の農地改革院(INCRA)によって、そこが未使用地であると査定されれば、農地改革院が格安の値段で買い上げ、それを「土地無し農民」に分配するという具合である。大土地所有者側は、用心棒を使って、極力、自分の土地を占拠されないように守り、占拠されてしまった後も、彼らを脅して追いだそうとする。土地無し農民運動の側の「占拠し、抵抗し、生産する」という合い言葉は、その闘いの過程をよく表している。
私は、昨年、前述の聖公会のコズモ牧師に誘われて、<締め出された者の叫び>パレード前日のエキュメニカル礼拝に参加した。礼拝の中で、鎖につながれた人々が、「農地改革」などの標語をかかげつつ踊り、最後にはその鎖をひきちぎった。また二人の黒人が、パーカッションだけで演奏したアフロ・ブラジル音楽は<締め出された者の叫び>を象徴しているかのようであった。礼拝はパレードへの決起集会の意味合いもあったが、美しく感動的であり、根本的に深い信仰に満ちていた。教会が<締め出された者の叫び>を支援するのは、そこに「一握りの人間が土地を独占してはならない、富を独占してはならない」と言う預言者の声を聞きとっているからに他ならない。
(「疎外された者たちの叫び」のエキュメニカルな集会にて。
手に鎖をつけ、「農地改革」「社会的債務の償還」「経済と文化」
などのスローガンを掲げている。)
(「疎外された者たちの叫び」のエキュメニカルな集会にて。
アフロ・ブラジル文化のルーツに帰る。)
(『福音と世界』11月号、1998年10月)