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アデル・ラインハルツ著/栗原詩子訳『ハリウッド映画と聖書』(みすず書房、2018年)

〈「映画の形をとった聖書」と「映画の中の聖書」を体系的に論じる緻密な研究書〉
評者=松本敏之

聖書やキリスト教に関係のある映画を、テーマ別に紹介したような書物は、これまでも何冊か存在したが、本書はそれらとは違い、聖書と映画の関係について体系的に、そして詳細に緻密に論述した研究書である。言及される映画の数は、索引で数えたところ181に及ぶ。
著書はハリウッド映画をエンターテイメントとして十分に評価しつつ(楽しみつつ)、決して礼賛的ではなく、厳しい批判的な視点をもっている。それは著者が、敬虔なユダヤ教徒であること、ヘブライ的視点からの(いわゆる新約を含む)聖書学者であること、そして女性であり、カナダ人であることと深く関係している。
本書は大きく「映画のかたちをとった聖書」という第一部と、「映画の中の聖書」という第二部から成り立つ。多くの人が思い浮かべるであろう古典的な作品は第一部に登場する。序論的な第1章に続き、第2章「旧約叙事詩映画」では、有名な「十戒」などが扱われるが、著者はモーセが水を開く場面(カバー写真参照)も、キリストの十字架が投影されてしまっているという。第3章の「銀幕のイエス」でも、ほとんどの映画のイエスは、セム系の人間ではなく北ヨーロッパふうの顔立ちだと厳しい。第4章の「古代活劇映画とキリスト教」では「ベン・ハー」などが扱われるが、それらもアメリカのプロテスタント的な価値観に基づき、世界を救済へと導く合衆国の役割が投影されているという。第5章は現代を舞台にした聖書映画である。これが第二部への橋渡しとなる。
第二部では、今日の映画の中に、聖書がどう扱われているかを考察する。ドラマ映画、アクション、SF、ラブ・コメディ、西部劇、子ども映画などジャンルは幅広く、その読みの深さに感心させられた。第6章の「現代的な見かけの旧約聖書」では、旧約聖書が映画の中にさまざまな形で用いられている様子を見る(「バベル」「告発のとき」など)。第7章では、(大抵は)自分を犠牲にして誰かを救う、いわばキリスト的人物が登場する映画を扱う「グラン・トリノ」「ショーシャンクの空に」「主人公は僕だった」など)。第8章では、道徳や倫理の源泉として聖書が果たす役割を考察する(「デッドマン・ウォーキング」「3時10分、決断のとき」など)。第9章では「破壊と救済」という主題の映画(「アバター」「アルマゲドン」「ブレードランナー」「トゥモロー・ワールド」など)を扱う。結びでは、「超越体験」が聖書とどう関係するかを見る(「ツリー・オブ・ライフ」「バベットの晩餐会」など)。
筆者は、この書評を準備しながら、第二部で取り扱われている映画を10本ほど観直したが、改めて聖書との意外なつながりを発見できたのは喜ばしいことであった。

「礼拝と音楽」178号掲載(2018年夏、日本キリスト教団出版局)

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