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キャンドルサービスの動画配信は 2020年12月24日(木)17:00スタート

恵みの主よ、今くだり

イザヤ書9章1~5節・ルカによる福音書2章1~14節

(1)「パソコンで我が家も立派な礼拝堂」

クリスマス、おめでとうございます。
クリスチャンの間でよく読まれている「信徒の友」という月刊誌があります。
この「信徒の友」の読者投稿欄に「川柳」コーナーというのがあるのですが、私は、何を隠そう、その「川柳」コーナーの常連投稿者の一人です。実はほぼ毎月送っているのですが、採用されるのは2、3か月に一回くらいです。「なぜこれが当選で、自分のが落選なのか」と思うこともありますが、野球でも3割打てば好打者と言われますので、まあよしとしましょう。
今年の7月号は当選でしたが、こういう川柳でした。

「パソコンで我が家も立派な礼拝堂」

今年春には、新型コロナウイルス感染予防の一環として、政府から「緊急事態宣言」が出され、それが解除された後も、外出の自粛要請が出されました。教会でも多くのところが教会に集まる形の礼拝をとりやめ、動画配信を開始いたしました。私たち鹿児島加治屋町でも、7月から礼拝の動画配信を始めました。教会内の年配の信徒の方もパソコンに詳しいお子様方に手伝ってもらって、パソコン環境を整え、家で礼拝に参加できるようになったと感激された方も何人かありました。「これで教会に行く必要がなくなりましたね」と冗談でおっしゃる方もありましたが、「そんなこと、言わないでください」と否定しながら、本当に動けなくなった時には、最後の手段として、そういう形で礼拝にあずかる道が拓けたのは幸いなことだなと思いました。
そうした流れの中、毎年恒例のクリスマスイブのキャンドルサービスも、今年は動画配信で行おうということとなりました。この礼拝を動画でご覧になっている方も多いかと思います。皆さんの今いる場所が礼拝堂です。

「パソコンで我が家も立派な礼拝堂」

どうぞ、そういう心で共に礼拝をささげていただきたいと思います。

(2)コロナ禍のサンタクロース

先日、「信徒の友」1月号が届きました。当選でした。今回の川柳は、こういうものです。

「外国のサンタ、今年は入れません」

コロナ禍にあって、移動が随分制限されました。特に国境を越える移動はそうです。入国制限をし、入国が許可されても、2週間の自宅やホテル待機が求められました。その中、きっとサンタさんも入国制限があると思って、この川柳を送ったのが10月でした。しかし、最近、ビッグニュースが入りました。
12月11日の報道によりますと、「欧州連合(EU)の議長国ドイツの報道官は、サンタクロースは子どもたちにプレゼントを届ける『必要不可欠な労働者』であり、新型コロナウイルス対策の移動制限から除外することで『EU加盟国が合意した』というツイッターでありました。
「ヨーロッパでは、秋以降、新型コロナの再拡大が深刻化し、クリスマスを中心とした休暇シーズンに不要不急の国内外の移動や夜間外出を控えるよう要請する国が目立っています。そうした中、「サンタが来られない」と心配している子どもが多いので、これは『良いニュースだ』としています」(共同通信)。
またその4日後の12月15日、今度はWHO〈世界保健機関〉の専門家ファンケルクホーフェ氏が、新型コロナウイルスの感染拡大で、今年のクリスマスを心配する子どもたちのために、ウイットに富んだメッセージを出しました。ファンケルクホーフェ氏は会見で、「サンタクロースはお年寄りなので、心配するお気持ちはわかりますが、新型コロナウイルスに対する免疫があるんです」と説明。その上で「サンタさんと少し話したんですが、サンタさん夫妻はとても元気です。いま非常に忙しくしているそうです」と述べました。そして「ほかの人とは物理的な距離をとり、クリスマスイブには保護者の言うことを聞いて早く寝ることが大事だ」と述べました。感染対策をとってクリスマスを過ごすよう呼びかけたのです。
もしもこのキャンドルサービスの動画を12月24日の夜に見ている子どもたちがいるならば、礼拝が終わったら早く寝ましょう。サンタさんは来てくれると思います。
今の時期、こうした優しい心遣い、人を思う心遣いがとても大切だと思います。使徒パウロも、

「めいめい自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい」

と、フィリピの信徒への手紙2章4節で述べています。

(3)来たりたまえ われらの主よ

さて鹿児島加治屋町教会では、年ごとにクリスマスのテーマを決めています。ここ数年は、アドベント・クリスマスの賛美歌の中から言葉を選び、その賛美歌をその年のクリスマス・テーマソングのように歌ってきました。今年は、コロナ禍にあって、「やはりこの賛美歌を歌いたい、この歌が今の状況にいちばんぴったりとあう」ということで、『讃美歌21』241番の「来たりたまえ われらの主よ」という言葉を選びました。
今、世界中で多くの人が苦しい思いをしています。何よりも新型コロナウイルスに感染して病気と闘っている人たちがいます。そしてその人たちと向き合っている医師、看護師をはじめとする医療従事者の人たちがいます。患者さんの家族たちがいます。また移動制限などによって仕事ができなくなっている人たち、観光業、旅行業の人たち、ホテル・飲食業の人たちもいます。また授業ができなくなってしまった学校関係者の人たちや学生たちもいます。病院やホームにいるために家族と会えない人たちがいます。数え上げればきりがありません。
そこで、私たちの思いは一つ。「どうか一日も早くこの問題を解決してください。」「安心して毎日を送れるようにしてください」と祈ります。
「来たりたまえ われらの主よ、主を待ち続ける民に」という賛美歌の言葉は、そうした私たちの気持ちを代表していると思います。この歌は、その後、こう続きます。

「恵みの主よ 今降り
この世の暗きをやぶり
永遠の光 与えたまえ」

これも祈りの言葉です。私たちの身近なところだけではありません。世界中のいたるところで苦しんでいる人がいます。アメリカで苦しんでいる人たちがいます。ブラジルで苦しんでいる人たちがいます。インドで苦しんでいる人たちがいます。どうか「この世の暗きを打ち破り、永遠の光を与えてください」と祈りをあわせたいと思います。

(4)「すでに」と「やがて」

しかし同時に忘れないようにしたいことは、神様は、そしてイエス・キリストは、実はすでに私たちのすぐそばにいてくださるということです。これは矛盾することのようですが、キリスト教の信仰にはそういう面があるのです。
「すでに」と「やがて」ということです。イエス・キリストは、すでに来てくださったけれども、同時に「やがて」再び来てくださるのを待ち望むのです。私たちは、「すでに」と「やがて」の間を生きていると言ってもよいでしょう。イエス・キリストは、救い主として、すでに2000年前に来てくださいました。布にくるまれて馬小屋で眠っている赤ちゃんがそのしるしでした。それは「神は私たちと共におられる」ということ、すなわち、「インマヌエル」のしるしでした。
私たちはそのことを信じることによって、今の困難を耐え抜く力を与えられるのです。そのことは今祈らなくていいことではない。今もまだ問題は継続しています。それらの問題が完全に解決する日、やがて来る日を待ち望んで祈り、そのことのために、イエス・キリストに従う者として、イエス・キリストの弟子として働くように召されているのです。イエス・キリストが「主の祈り」で教えてくださったように、「み国が来ますように」という祈りをしながら、働くのです。

(5)今年の漢字、「密」

毎年、その1年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」を、日本漢字能力検定協会が一般から募集し、最も多かった字が選ばれます。12月14日に、「今年の漢字」として選ばれたのは、「密」という字でありました。
日本漢字能力検定協会は「密」が選ばれた理由として、第一に新型コロナウイルスの感染拡大で「3密」ということばが使われ、多くの人が常に「密」を意識しながら行動するようなったこと、第二に、離れていてもオンラインなどで大切な人との関係が「密」接になったこと、第三に、政界や芸能界では内「密」や秘「密」が多かったことを挙げていました。
また大きな和紙に筆で「密」という文字を書き上げた、清水寺の森清範貫主(もりきよのりかんじゅ)は、「密という字には親しみという意味が含まれているので、物理的には離れても心はさらにしっかりしたつながりをもっていきたいです」と語られました。
私は、この機会に、改めて、「密」という字について調べてみたのですが、さまざまな意味、そして深い意味があることを改めて知り、そしてとても興味を覚えました。
角川書店の『新字源』という漢和辞典を見てみますと、一つ目に「奥深い所」とあります。「密林」という言葉も、恐らくそういう意味があるのでしょう。二つ目は、「しげし。こみあっている。びっしりつまっている」ということです。今年流行語大賞にもなった「3密」のうち「密集」は、この意味でしょう。三番目は「濃い」という意味です。「密雲」という言葉が例にあげられていました。四つ目は、「細かいこと」、「詳しい」ことです。「緻密」「精密」という言葉があります。五つ目は、「近い」「親しい」という意味。3密のうちの「密接」は、これにあたるでしょうか。物理的に近い。清水寺の森貫主が「『密』には親しみという意味がある」と言っておられましたが、それは精神的な近さを表しています。「親密」という熟語がその代表でしょう。さらに六つ目は、「閉じる」という意味。3密のうちの「密閉」はこれにあたるでしょう。七つ目に、「ひそかな」という意味です。「秘密」という言葉の通りです。また「密教」という言葉もあります。密教とは、ひそかな、隠された宗教という意味でしょう。そのほかにもまだ続くのですが、この辺にしておきましょう。
私は、「密」という漢字が持つ、さまざまな意味の中で、キリスト教信仰にとっては、とりわけ「親しさ」という意味と「ひそかな」という意味が重要だと思いました。「ひそかな」ということは、宗教には、どうしても「ひそかな」側面があるということです。わかる人にだけわかる。それ以外の人には隠されている。これについてはお話したいこと、興味深いことがたくさんあるのですが、今日はやめておきましょう。

(6)主は近くにおられます

もうひとつの「親しみ」「近い」ということを心に留めたいと思います。先ほども名前を挙げました使徒パウロは、同じフィリピの信徒への手紙の中で「主は近くにおられます」と書きました。古い聖書では、端的に「主は近い」と訳されていました(口語訳)。
困難の多い中、私たちは神様を見失いがちです。そしてイエス・キリストを見失いがちです。神様がおられるなら、こんなことが起こるはずがないと思ってしまいがちです。しかし実は、主はすぐ近くにおられる。それは誰にでもわかる、目に見える形ではないかもしれないこれども、イエス・キリストは、隠れた形で、すぐそばにいて、私たちを支えてくださっている。パウロはそう言って、困難の中にあるフィリピの教会の人たちを励ました。そしてとても喜ぶことができない状況にある人に向かって、イエス・キリストを指し示し、「喜びなさい」と告げました。こういう言葉です。フィリピの信徒への手紙4章4節以下です。

「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」(フィリピの信徒への手紙4:4~7)。

最後に、「信徒の友」9月号に掲載された川柳を紹介いたします。

「手を合わす私は神とオンライン」

神様は、実はすぐ近くにおられて、私たちのほうがアクセスするのを待っておられます。それはただ手を合わせて、目を閉じて、心を静めて、神様に向き合うことです。そこに神様は、そして主イエスはいてくださいます。そしてどんな不安も悩みも、心を込めて祈る時に、神様は必ず聞いてくださる。いやすでに聞いてくださっている。そのことを信じて祈りたいと思います。

今年のキャンドルサービスはオンラインのみとなります。
教会では行いませんのでご了承ください。

活動名
キャンドルサービスの動画配信は 2020年12月24日(木)17:00スタート