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2021年10月24日説教「脱 出」松本敏之牧師

出エジプト記11章4~10節、12章29~51節
ヨハネによる福音書3章16~17節

(1)共につどう礼拝の喜び

6月から先週まで主日礼拝を2回に分けて行ってきましたが、本日から1回に戻します。こうして一堂に会するのはうれしいことです。まだまだ元通りというわけにはいきませんが、少しずつ日常を取り戻して行くことができれば、と思います。

さて月に一度くらいのペースで出エジプト記を読み進めていますが、今日は、12章29~36節を読んでいただきました。ただ扱うテキストとしては、前回飛ばしました11章4~10節と、さらに12章37~51節も含めたいと思います。

(2)最後の災い、初子の災い

11章は、神様がエジプトで奴隷となっていたイスラエルの民を解放するために下された十の災いの最後のものでありました。聖書協会共同訳では「初子の災い」という題が付けられています。新共同訳聖書では「最後の災い」という題でありました。

九つ目の「暗闇の災い」の後、ファラオとモーセの交渉は決裂するのですが、11章においてもまだモーセはファラオの前にいて話を続けていることがわかります。災いの予告をするのです。

ファラオはどこまでも頑なでしたが、一般のエジプト人、そしてファラオの家臣たちはそうでもなかったということが記されています。11章3節では、主はエジプト人がイスラエルの民に好意を持つようにされたことが記されていました。そのためにエジプトを出発するイスラエルの民は「銀や金の飾り物」を受けとることができるようになるのです。

さらに、11章8節には、「あなたの家臣すらも皆、私のところに下って来て、『あなたもあなたに従う民も皆出て行ってください』と私にひれ伏して言うであろう。その後、私は出て行く」と予告しています。つまりファラオだけが孤立していくのです。

実は、エジプト人たちもファラオに喜んで従っていたわけではない。ファラオの圧政のもとで、不満をもち、苦しんでいたのであろうという様子がうかがえます。11章の終わりには、十の災いのまとめの言葉として、このよう記されています。

「モーセとアロンはこれらの奇跡をすべてファラオの前で行ったが、主がファラオの心をかたくなにされたので、ファラオはイスラエルの人々をその地から去らせなかった。」(11:10)

(3)初子の死

12章29~36節のところには「初子の死」という題が付けられています。これは、11章の「初子の災い」の予告の実現、ということで対になっているのです。

「深夜になって、主はエジプトの地のすべての初子を撃たれた。王座に着くファラオの初子から、地下牢にいる捕虜の初子まで、さらに家畜の初子もすべて打たれたので、ファラオもその家臣もすべてのエジプト人は夜中に起き上がった。死人のない家はなかったので、悲痛な叫びがエジプトで上がった。」(29~30節)

ファラオは、ばったの災いの時には、「行くならば、男たちだけで行け。家族や家畜は置いて行け」と言いました(10:11)。暗闇の災いの時には「女も子どもも連れて行っていいが、家畜は置いていけ」と言いました(11:24)。しかしここへ来て、ついに「全部連れて行け。とにかく一刻も早く出ていけ」と言うのです(12:32)。

他のエジプト人も、民をせき立てて、急いで彼らを国から追い出そうとしました。イスラエルの人々が求めるのものは何でも、金銀でも装飾品でも、欲するまま与えました。そうしないと自分たちがみんな死んでしまうと思ったからです。そこにはイスラエルの人々に対する神様の配慮がありました。彼らが最もよい条件で、出ていくことができるように、一方でファラオの心をかたくなにしながら、もう一方でエジプト人の好意を得させるようにされたのでした。そこでイスラエルの人々は、パン種の入っていないパンの生地をこね鉢に入れたまま外套にくるみ、肩に担いで、大急ぎで出ていくことになります。

40~42節はこのところのまとめです。

「イスラエルの人々が、エジプトに滞在していた期間は430年であった。430年が終わる、ちょうどその日に、主の全集団はエジプトの地を離れた。」(40~41節)

かつて神様はアブラハムの夢の中に現れて、このように告げられていました。

「あなたはこのことをよく覚えておきなさい。あなたの子孫は、異国の地で寄留者となり、400年の間、奴隷として仕え、苦しめられる。しかし、あなたの子孫を奴隷にするその国民を、私は裁く。その後(あと)、彼らは多くの財産を携えてそこから出て来る。」(創世記15:13~14)

アブラハムに告げられたその言葉が、今ここに実現したのです。

(4)殺戮の話

さてこの12章を読んで、神様がエジプト人の初子を殺していくという話に、戸惑いを覚える方も多いのではないでしょうか。いくらエジプト人が悪いからと言って、赤ちゃんまで殺すのはひどいという気がします。しかもこの段階では、エジプト人もイスラエルの奴隷たちに好意を持ち始めているのです。

聖書にはどうしてこんなにたくさん殺人の話、殺戮の話が出てくるのか。読んでいてうんざりします。聖書自体がこんなに殺人に満ちているから、私たちは今起きている戦争を否定できないのではないか、と思うかも知れません。ただそうした記事から、「聖戦だ」と言って、自分たちの戦争を正当化するのは間違っているでしょう。

神様がエジプトに入り、エジプトの初子を打たれたことが正しいことであったかどうかを、私たち人間の基準でとやかく言うことは避けたいと思います。私は、「それは無情だ」、「どうして神様はそんなことをなさったのか」、「イスラエルの民を解放するためだと言っても、子どもまで殺すというのはあんまりではないか」という気持がします。聖書には、そのように私たちには不可解に思えること、私たちがそこで判断保留せざるを得ないことがたくさん記されています。特に、このところでエジプトの子どもたちが殺されていくことについては、なぜ神様はそういうことをなさるのか理解が及びません。

ただ事実として、為政者の圧政のもとではこういうことが起こるということは確かにあるでしょう。

ある注解者(フレットハイム)は、これと似た事例として、ナチス・ドイツ時代の連合軍による空爆のことを挙げていました。

ヒトラーの時代に、ドイツ内外でユダヤ人迫害が行われ、またドイツ人自身もその圧政にとても苦しんでいました。そこでアメリカとイギリスの連合軍が空からやって来て空爆をしました。一番有名な、すさまじかったのはドレスデンの空爆でしたが、それは、ちょうどこの初子の災いのように真夜中に起こりました。そして、罪のない多くのドイツ人の子どもたちが犠牲になりました。

ただし、フレットハイムもとても慎重に、ファラオとヒットラーの類似性を語りつつ、決して同じではないということも述べています。爆撃をした連合軍の行為を正当化して、「爆撃を投下するのは神(の意志)だ」というのは、ほとんど神に対する冒涜だと言っています。広島、長崎の原爆投下にしても、「それは必要なことであった」「神がそう促された」というのは間違った議論であり、否定しなければなりません。

ただし「そこで、大人のやったことのせいで、罪のない幼い子どもたちが犠牲になっている」ということは事実として存在します。

私は、この大人の罪のせいで、罪がないのに身代わりになって死んでいった「エジプトの子どもたち」というのは、はからずもイエス・キリストの姿の予表(プロトタイプ)になっているのではないかと思うのです。死んだエジプトの子どもたちは何らかの形で、イエス・キリストが他の人の罪の身代わりに死んでいったことを、映し出しているのではないかという気がします。

その人の罪のせいではない、誰かの罪のせいで、身代わりになって死んでいった人は、ある部分で、イエス様に似た一面を持っています。マーティン・ルーサー・キング牧師は「不当に受ける苦難は贖罪的である(贖いの力がある)」と言いました。キング牧師はアメリカ大陸における黒人たちの300年の苦難の歴史を思い起こしているのですが、味わい深い、深い意味をもった言葉であると思います。

(5)初子は神のもの

しかし私たちはそこでつまずきつつも、そこには一体どういう意味が込められているのか、そしてその後、新約聖書ではどうなっていくのかということに、目を向けていきたいと思うのです。

「エジプトの初子をとられた」ということは、そのようにしてイスラエルの民を解放する決定的な準備となりました。またそこには、前提として「初子は特別なもの、それは神のものである」という考えがあったのでしょう。そのことは次の13章で述べられます。「あなたの初子のうち、男の子の場合はすべて、贖わねばならない」(13節)とあります。そして本来初子は神のものとして取られるべきであるけれども、小羊でもって代わりに贖いをしてもらったのです。

(6)イエス・キリスト、神の小羊

このことのずっと先に、イエス・キリストがおられるのです。イエス・キリストこそは、神ご自身の初子であり、独り子でありました。その独り子が、私たちの贖いとしてささげられた。そのお方は、神ご自身が用意された贖いの供え物、「神の小羊」(ヨハネ1:29)でありました。この贖いの供え物のゆえに、私たちはそれ以降、その都度、贖いの供え物をする必要はなくなりました。イエス・キリストが一人でそれを代表してくださったのです。それまでは年に1回祭りの折に贖いの供え物をしていたわけですが、キリスト教の信仰では、「イエス・キリストは神ご自身が備えられた、1回にして永遠に有効な供え物」「神の小羊」というふうに理解するのです。

私は、それまでの歴史の大きな痛みをご存じの神様が「もう今後はそういう道を取らない。この初子で終わりにする」という決断をしてくださったのではないかと思うのです。

イエス・キリストの十字架にこういう場面があります。

「すでに昼の12時ごろであった。全地は暗くなり、3時に及んだ。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。『父よ、私の霊を御手にゆだねます。』こう言って息を引き取られた。」(ルカ23:44~46)

この出来事によって、まことの「神の小羊」による贖いは完成しました。私たちは、このお方のゆえに贖われて、今歩むことを許されているのです。

(7)雑多な人々も加わった

この物語、いよいよ脱出という場面を読んでいますと、こういう言葉があります。

「イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。女と子どもは数に入れず、徒歩の男だけで約60万人であった。雑多な人々が多数、これに加わった。羊や牛といった家畜もおびただしい数であった。」(12:37~38)

私は、この何気なく書かれている「雑多な人々が多数、これに加わった」という言葉に惹かれました。60万人という数字は、もしかすると誇張があったのかなという気もします。しかし「雑多な人々がこれに加わった」という言葉には、誇張がないと思うのです。そういうふうに書く必要はないからです。

ファラオの圧政に苦しんでいた人々はイスラエルの子孫だけではなく、他の外国人もいた。多くの人々が同じように苦しんでいたのです。もしかするとエジプト人もいたかもしれない。孤児もいたかもしれない。あるいは今回の出来事によって、子どもを失って意気消沈していた人もいたかもしれない。どさくさに紛れてという感じで、エジプトを脱出したいという人たちはみんなこれに加わり、くっついていった。そしてモーセたちもそれを拒否しなかったということです。私は、これはとても興味深いし、出エジプトの大事な意味を示していると思うのです。つまり出エジプトとは、イスラエル対エジプトという構図の物語ではなく、ファラオの圧政のもとで苦しんでいた人たちが、解放される物語なのです。イスラエルの人たちと一緒に、他の人たちもそこから解放されていたというのが、この出エジプトという出来事の意味だと思うのです。

43節以下を見ると、過越の掟として、外国人はこれに加わることはできない、としるされています。その意味では確かに排他的ではあります。しかもこれも続きを読むと、割礼を受ければとOKなのです(44、48、49節)。つまり決心をすれば、神の民に加わることができたのです。その意味で完全に排他的であるわけではありません。扉は開かれていたのです。私は、ここで「雑多な人々もこれに加わった」と述べられていることは、もしかして出エジプトの物語の中で、最も大事なこと、最もすばらしいことのひとつではないかと思うのです。

(8)夜通し見張りをされる方

出エジプト記の12章42節に、こういう言葉がありました。

「その夜、主は、彼らをエジプトの国から導き出すために夜通し見張りをされた。それゆえ、イスラエルの人々は代々にわたり、主のために夜通し見張りをするのである。」(12:42)

このお方は、出エジプトの後、疲れて眠ってしまわれたというのではありません。詩編121編、「私は山々に向かって目を上げる」で始まる有名な詩編121編の中に次のような言葉があります。

「見よ、イスラエルを守る方は、まどろみもせず、眠ることもない。
主はあなたを守る方。
主はあなたの右にいてあなたを覆う陰。
昼、太陽があなたを打つことはなく
夜、月があなたを打つこともない。」(詩編121:4~6)

神様は、今も夜を徹して、私たちを見守ってくださっています。

主の御心は一体どこにあるのか。このような殺戮の物語を読む時に、それがわからないという思いがします。しかしそうした中にあっても、神様への信頼を失わず、主の御心を尋ね求めていきたい。世界が雲に包まれたように見える状況の中で、主の御心に従う信仰を持ち続けたいと思います。

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